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歴史 アーカイブ

Marzo 10, 2005

東京大空襲から60年   10 marzo 2005

ついこの間、終戦後50年だと思っていたら、あっという間に10年が過ぎてしまいました・・(>_<) 時が経つのは早いもので、今年は戦後60年だそうです。 人類史上稀なる惨禍を残した3月10日の空襲・・その後、現在に至るまでアメリカ合衆国の外交路線は変わりませんね。ルールを守らない攻撃は、外交の延長ではなく、犯罪でしょう。イラク戦争等見ていましても、どうも根底には合衆国建国以来続く、ある一定の傾向が見え隠れしているように感じます。 いつの日か、真の世界平和が訪れますように!合掌。

Marzo 16, 2005

竹島粉砕だぁ!  16 marzo 2005

 今、話題の竹島関係のニュースを見ていたら、韓国の人たちが「タケシマフンシャイダ~」とか喋っているのを耳にしました。いや、日本語と韓国語は兄弟言語ですな。語順も同じですしね。
日本では、いわゆる一見右翼風の人たちが特攻服を着ているのに比して、韓国では、そのスジの方々が身にまとうのは迷彩服なんですね。

 しかしこの問題、例えばこれに関してあまり利害関係のなさそうなアフリカや南米の識者等、第三者を交えてそろそろ冷静に紛争解決しましょうよ。また、国際司法裁判なんてのは、こういう時のためにあるのでは。
 少しずつ、両国間のわだかまりになっている問題に決着を着けていって、いつの日かお隣の国同士、仲良く手を取り合って生きていきたいものです。

Mayo 19, 2005

「マイティ・ハート」マリエンヌ・パールの手記を読んで 19 mayo 2005

 2002年1月パキスタンのイスラム過激派によって誘拐、殺害されたウォールストリート・ジャーナル紙記者、ダニエル・パール氏の妻、マリエンヌ(キューバ系二世フランス人にして仏教徒)の、当該事件当時を綴った手記を読みました。

 確かにテロは許されない悪ですが、著者の無邪気な西欧的価値観絶対主義が気になって、私はこの本を気持ちよく読み通す事は出来ませんでした。

 彼女はイスラムのテロに対する米国の戦いについて、米国が善の側である事に全く疑いないようでした。
 しかし、歴史は連綿と続いていて、根はもっと深いのではないでしょうか。
 私には今の、イスラム社会対米国の戦いが、イスラムのスペイン侵攻、ヨーロッパの十字軍から連綿と続く動きのように感じられます。
 また、ここ六十数年の米国外交政策は、かなりな理不尽を押し通してきているなとも思っています。

 彼女は文明、人種間を繋ぐ架け橋となる仕事をしたいと語っていますが、それならイスラムやその他の地域の事をもっと尊重しなければならないと感じました。
 事件の被疑者、パキスタンのムスリムへの拷問には目をつぶると受け取れる記述等々にはびっくりしました。
 彼女の言う「地球市民」という言葉も、無邪気にも考え無しに全世界の西欧化を目指しているように私には受け取れました。
 一般西洋人ならば仕方ないとして、ジャーナリストであるという彼女の、見識には少し悲観させられます。
 彼女は少しでも世界を良くしたいと願い頑張っていて、その姿勢には共感出来るのですが・・。
 オビに書いてあるような「感動の書」としては、とても私は読む事が出来ませんでしたけれど、はたしてみなさん感動するのでしょうか・・・。

 批判的な内容となってしまいましたが、最後に、善良な志を持ちながら不幸にして当該事件の犠牲者となってしまったダニエル・パール氏に哀悼の意を捧げ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
おんあぼきゃべいろしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん
この世界にいつか真の平和が訪れますように。

Julio 31, 2005

空海 31 julio 2005

 同時代の伝教大師最澄の人柄にも惹かれますが、弘法大師空海には特別な魅力を感じます。
 
 全国を巡っていると、弘法大師由来の湧水、温泉の多い事。往時は余程のカリスマだったのに違いありません。

 私費留学生として唐に渡り、しかしながら密教の正統を日本に受け継ぐなど、人生がロマンに満ち溢れているところも魅力です。

 伝えられるところによると、今でも高野山奥の院においでだそうですが、こういった方と万が一にでもお話する事が出来たら、何か人生変わるでしょうね。

Agosto 6, 2005

広島の日  6 agosto 2005

 米国が広島に原爆投下してから、60年が経ちました。

 西暦1945年8月6日。

 歴史的無差別大量虐殺の日として、これからも世界史に残ってゆく事になるでしょう。

 過ちは二度と繰り返さないように、私達一人々々が高い意識をもって問題に接し、考えてゆかなければなりません。

 なぜ原爆は日本に落とされたのか。

 ドイツがユダヤ人に対して犯した罪はあれだけ責められるのに、なぜこの米国の犯罪は咎められないのでしょう。

 終戦直前には既に停戦交渉も始まっていて、また当時の戦況から見ても、たんに米国が勝利する為にだけなら日本に対して原爆を落とす必要はなかったはずです。
 当時の世界情勢を考えればSSSR(ソ連)を牽制する為にどうしても落としておきたかったという事もあるでしょうし、実際の市街地を使ってどういった被害が出るか、実験をしたかったという事もあるでしょう。
 しかしこれは当時の国際法から見ても、また、単に人道上の観点から見ても絶対に許されるべくもない犯罪だったはずです。

 犠牲者の方々に追悼の意を捧げ、争い事のない世の中に少しでも近付くよう、微力ながら取り組んでまいりたいと思っています。

Agosto 13, 2005

「南京事件」日本人48人の証言 -阿羅健一著- 13 agosto 2005

 最近話題になる事が多い、隣国中国が持つ反日感情の大きな基盤となっているこの事件を、事実の裏付けをもって歴史に位置付けるのは、真の日中友好に必要ではないでしょうか。

 この本では1937年12日12日前後の当時の首都、南京にいた日本人の証言をまとめたもので、物証とはまた違う観点からの第一級資料と言う事が出来るものかと思います。

 歴史をことさらに悪しく評価するでもなく、また美化するでもなく、当時その人達が南京で見て来た事柄が淡々と綴られています。その中からはどういった事柄が真実であったのか、見えて来る事でしょう。

 捏造された歴史の流れには乗りたくありません。今、歴史教科書の記述が外交問題になってしまうのも、確かな資料による歴史の検証がなされないままの発言がなぜかそのまままかり通っているところに大きな原因があると思います。

「南京事件」日本人48人の証言-阿羅健一著・小学館文庫

Agosto 14, 2005

首相の靖国神社参拝 14 agosto 2005 

 ポツダム宣言を受諾してから60年が経とうとしています。

 さて何かと話題の、明日予想される小泉首相の靖国神社参拝、氏の言動を聞く限りではなさらない方が良いのでは、と思っています。

 そもそもの動機は鹿児島県にある知覧特攻平和記念会館を来訪した際、特攻隊員の遺書を読んで感銘を受けた事にあるそうです。氏の受けた感動の内容を大まかに要約すると「無念の気持ちで、はからずも意に反して南海の海に散って逝った彼等がかわいそう」との事ですが、彼等の遺書を素直に読んだら到達しえないところのように思えます。
 そして、そのような気持ちで参拝されたのでは、彼等も決して浮かばれる事はないでしょう。

 私は彼らの遺書に、彼等の持つ高い精神性を感じました。仕方なく行くというのでもなければ、それらは無理やり書かされたという内容でもないと思っています。普通の読解力をもって素直にこれらを読めば、そういう事になると思います。
 まだ若いのに、皆さん達筆であり、作文、内容共にしっかりしているのには驚かされます。
 
 これら特攻隊員の遺書は先述の平和会館の他、靖国神社併設の資料館や、鹿屋をはじめとする全国にあるいくつかの自衛隊付設の資料館でも読む事が出来ます。特攻といえば零戦でのものが有名ですが、潜水艦回天によるものもありました。回天の基地跡は周南市の大津島にあって資料館も併設されておりますが、こちらは徳山港からのフェリーが本数少なく不便なので、相当狙って行かないとたどり着く事が出来ません。と、以前は不便だったのですが、今リンク先で確認したところ大分便利になったようです。

 例えば広島に行ったのでしたら、有名な原爆資料館と共に、せっかくですから江田島の資料館もあわせて訪ねてみると一層平和への理解が深まる事と思います。ここは以前、世界三大海軍兵学校として知られていたところで、戦後失なわれてしまった公共心が今でも生きているように思います。旅行の日程に組み込めば、自衛官のさわやかできりっとした態度ともあわせて、何がしかの感銘を受けるに違いありません。

 ところでその参拝、にわかに降って湧いた衆院選挙によって、今は首相の胸中それどころではないかもしれませんね。

Agosto 15, 2005

終戦の日に思う 15 agosto 2005

 毎年この頃になるとテレビ・新聞を始め、全メディアをあげて反戦・平和番組のオンパレードとなる。しかし、その主張するところは常に「戦争は悲惨だ。だから・・・」であり、「戦争は悲惨だ。だけど・・・」と考える内容のものはほぼ全くと言ってよいほどない。これは平和教育として、著しく片手落ちではないだろうか。
 
 反戦・平和、それは是非とも守っていきたい理想ですし、戦争をしたい人なんて、それこそ誰一人としていないものと信じます。また、戦争の残酷な面を取り上げて、それがどれほど嫌なものであるか、と想像出来るようにする事は大切であると思います。

 しかし一方で、国家間には、一国における確固とした三権というようなものがなく、言わば世界は無法地帯であるという事も認識しておかなくてはならないとは思いませんか。
 この世界が連邦制にでもなり、世界憲法を持ち、どの国からも、またその世界連邦政府からも独立した司法を確立し、すべての国がそれを批准し、それに従うところとでもならない限りは実際のところ世界は緩やかな無法地帯ではありませんか。
 国連は結局米国のイラク侵略を止める事は出来なかった。なにせ今の「国連」と戦中の「連合国」は、日本語の訳が違うだけで同じものですしね。

 例えば日本人を平気で拉致する北朝鮮のような国を隣に持つ現実があります。しかし彼らは世界がいまだ緩やかな無法地帯であるが故にきちんと裁かれる事もありません。
 かの国の持つ核ミサイル「労働」の矛先は、かの国の仮想敵国日本にも向けられています。そしてこれら我が国の隣国、北朝鮮、韓国、中国は全て徴兵制を持っています。また、各国とも、歴史を歪曲してまでの反日教育には凄まじいものがあります。

 憲法九条を掲げて不戦の誓いをしてみたところで、戦争というのは相手のあるものですから、一方的にふっかけられる可能性についても検討してみる必要はありませんか。
 もし、私たちの意に反して戦争を仕掛けられた時、私たちは自分の家族、友人、恋人、隣人が虐げられるのをただ手をこまねいて見ているだけ、というシチュエーションに耐えられるでしょうか。またその場合に貫く非暴力とは真に道徳的足り得るのでしょうか。

 マスコミの報道は大抵そういった事柄からは目を背けているように感じます。しかし、これらについて真剣に考える事は、これもまた平和への道筋を指し示す事ではないでしょうか。
 戦争について真剣に考えれば、それを抑止する手段・方法も幾通りか思い付くはずです。
 
 戦争を未然に防ぐ為には自国の平和教育とバランスを取るべく、他国に対する働き掛けも大切ではありませんか。
 これらの国々に対して、歴史を歪曲してまでの反日教育はやめてもらったり、徴兵制はこのご時世に如何がなものかと廃止をせまり、また武器を捨ててもらうよう働き掛けする事は、これもまた有効な平和への手段ではありませんか。中国、北朝鮮の核保持なども、もっての他ですよね。
 
 しかし、なぜか世界平和を叫ぶ多くの日本人がこれらの国々にある、戦争の芽を積極的には積もうとしていないように見えます。
 例えば南京事件の事、例えば戦中の慰安婦の問題等、私達が積極的に歴史の真実を相手に伝え続ける事が、これもまた平和への道に繋がるのではないでしょうか。もちろん、学術的な検証によって私たちが責任を取るべき事実が確定されるのであれば、それについては責任を取るべきである事は言うまでもありません。

 とは言え、おそらくこれらの働き掛けはこれらの国にすべて内政干渉だと一蹴されてしまうでしょう。残念ながら世界は今のところ戦争を外交の延長、その一手段として認めていますしね。

 私達は自然から多くの事を学びますが、その自然界は等しく弱肉強食で成り立っている事が、色々な事象の観察からわかります。人間のみがその法則をはずれ得ると考えるのは、私たち人間の驕りではないでしょうか。ただ、人間は弱いものをいたわる事が出来るけれど。

 自然界の法則に照らしてみれば、他国に食われない為には、抑止力として何がしかの「力」が必要となりませんか。強い防衛力を持つ事が相手の行為を思い止まらせる事に有効であるとは考えられませんか。
 非武装・無抵抗でこちらが弱くなっても、決して戦争の不安はなくならないでしょう。むしろ武装して、相手に付け入る隙を与えない事が平和につながるのではないかとは考えられませんか。

 一般的に言って、隙があると犯罪に巻き込まれやすいという事は、国と国の関係の中においても普遍性をもっているように思われませんか。
 非武装で国防に隙を作るのは、その理想とは裏腹に、むしろ有り難くない戦争を呼び込んでしまうのではないか、とは考えられませんか。

 憲法九条を掲げていたからこそ、戦後ずっと平和であったと人々は言うけれど、それはそうではなく、今は在日米軍の存在が抑止力となっているからであると考えるのが、より自然で合理的ではありませんか。
 
 平和への歩みも、色々な方向から考える事が出来ます。物事の特別性を神聖視せずに、万事の普遍性から答えを導き出す方法もありますね。

Agosto 23, 2005

いまさら細田官房長官発言  23 agosto 2005

 近頃の政府はおかしな発言をする。官房長官発言によれば、「東京裁判」を政府として受け入れているそうである。だが、それは真実ではないと思われます。

 まず、サンフランシスコ講和条約の調印によって日本の主権は概ね回復されましたが、その後間もなくの昭和28年5月の第16回国会において社会党の堤ツルヨ議員の発議により、野党社会党も含めた全会一致で、戦争裁判の戦犯とされた人たちを無罪と認定した事実があります。それには4000万国民もの署名が集まった事も大きかったでしょう。

 そのサンフランシスコ講和条約の内容ですが、日本は東京裁判判決の効力は受け入れましたが、東京裁判そのもの、その価値判断を受け入れたわけではありませんね。
 英語、西語、仏語のものが正式であるという、そのうち英語での原文をご覧下さい。問題となっているのは、Article 11です。

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19510908.T1E.html

 日本が受け入れたのは極東軍事裁判の裁判結果「judgments」であり、裁判「trial」ではなかった事がご理解頂けると思います。当時連合国側でさえその不当性を認めていたほどの軍事裁判でしたから、日本政府が主権回復の後、戦犯に対する不当な刑執行に対して何らかの補償を連合国側に求める事態を怖れて、この一文を条文として入れたようです。

 もとをたどってみると、日本がポツダム宣言を受諾して降伏したところから始まります。これを日本の「無条件降伏」だと私も教科書で教えられ、そう思っていましたが、よくよく調べてみれば、日本が受諾した「無条件」とは、前線の軍隊が「無条件に武装解除する」という事であり、日本の降伏はポツダム宣言に書かれている条件を受け入れた「有条件降伏」ではありませんか。ヒトラー等、政府の中枢人物が自殺し、また首都まで占領されてしまったドイツの無条件降伏とは立場を異にするものであります。そして、その条件の中に戦犯を裁く法廷を開く、というものがあったわけですが、当時の日本政府はこの法廷が当然当時通用していたジュネーブ条約等の国際法に沿ったかたちで裁かれると思っていたわけです。しかし、現実に行われた裁判は事後法を持ち出してきたり、事実誤認も多い非常に不当なものでした。そういった経緯があるので、サンフランシスコ講和条約によって主権を回復した日本は、その後の国会において直ちにこの裁判を無効としたわけです。

 いつの間にか、たかだか50年ほど前の歴史事実も見えなくなってしまうものなのですね。
 そういった経緯から、いわゆるA級戦犯とされてしまった方々の事を軽々しく犯罪者扱いするのは謹んでいかなければならないと思います。
 
 『東京裁判は国際法上違法であった』とする森岡前厚生労働大臣政務官の発言は、まったく正しい歴史認識に沿ってなされたものといえるのではないでしょうか。
細田発言を肯定する人の多くは、当時の外務省が意図的かどうかはわかりませんが、誤訳した日本語によるサンフランシスコ平和条約の第11条条約文を根拠にして物事を判断しているように思われます。
 是非原文に当たってみて下さい。

Agosto 24, 2005

パール判事の日本無罪論 24 agosto 2005

パール判事の日本無罪論 24 agosto 2005

 これを読めば大東亜戦後の東京裁判が無効で被告は全員無罪であり、またそれが世界の法学会での定説でもあるという事が、よくわかります。
 当書の主役、ラダ・ビノード・パール氏はカルカッタ大学の総長であった当時、東京裁判の判事の一人として日本にやってきました。
 また戦後の国連においても国際法委員会長を務めるほど、国際的に信頼を集めた方です。
 
 みなさん東京裁判の判事11人はすべて、裁判官たる資格を持っていた人と思っていませんか。実態はかなり怪しいもので、判事の中には連合国側の軍人さえも含まれていました。またウエッブ裁判長は検察官兼任だったようです(有り得ない!!)。これらの事実を持ってしても、この裁判は勝者が敗者を裁いた茶番である、という事が言えるのではないでしょうか。
 また、正義と勝敗は別物であるはずなのに、戦勝国の側の犯罪、例えば原爆投下の平和に対する罪などは全くもって検討もされませんでした。
 いわゆるA級戦犯の中には「平和に対する罪」で処刑されるのではなく、むしろ、その意志や活動実績から「平和に対する貢献」で表彰されるべきであったとも思われる松井石根氏のような方も含まれています。連合国も、松井氏については起訴した十の訴因のうち、実に九つまで無罪とせざるをえませんでした。また、重光葵氏などは戦後日本の国連加盟時には日本国外相として世界から拍手喝采で迎え入れられたものです。広田弘毅氏も平和論者でした。
 
 私がくどくどと説明するよりも本の巻末にあった、当時の識者達の、東京裁判への見識を載せておく事にします。

世界の識者が見た東京裁判

《東京裁判関係者》
●ダグラス・マッカーサー(米・連合国最高司令官)
日本は、絹産業以外には、国有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もしこれらの原料の供給が断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。一九五一年五月三日、米国議会上院の軍事外交合同委員会の答弁にて『東京裁判日本の弁明』より)

●C・A・ウィロビー将軍(米・GHQ参謀第二部長)
この裁判は歴史上最悪の偽菩だった。こんな裁判が行われたので、自分の息子には軍人になることを禁じるつもりだ。・・・〔なぜ東京裁判に不信感を持ったかと言えぱ〕日本が置かれていた状況と同じ状況に置かれたならば、アメリカも日本と同様戦争に訴えていたに違いないと思うからである。(東京裁判終結後、離日の挨拶に訪れたレーリング判事に対する言葉・ベルト・ファン・A・レーリング「The Tokyo Trial and Beyond」

●ベルト・ファン・A・レーリング判事(蘭・東京裁判オランダ代表判事)
国際裁判所が、正義に基づいて処罰を加えることを求められているにもかかわらず、自ら正義の法理を適用しているか否かを審査する機能や義務さえ与えられないで、単に戦勝国の最高司令官の定めた法規を適用しなければならない。かようなことを本裁判所が認めるとすれば、それは国際法のためにこのうえなく有害なことをしたことになるだろう。(「勝者の裁き」)

●ウエッブ(オーストラリア・東京裁判裁判長)
私は日本が九千万人の住む小さな土地で耕作できる面積はそのうち十五パーセントにすぎず、外部から激しい貿易制限や規制を受けていたとの弁護士の論述に多くの正論と酌量の余地を認めた。
 私は米国なり英国なりが同じ様な状況におかれたらどのように反応したか、それどころか国民がどのような反応をすることを望んだかを考えてみた。米国も英国も日本が一九四一年におかれたような状況におかれれば、戦争に訴えていたかも知れないのである。(「天皇の陰謀」)

《政治家ほか》
●ハーバート・フーバー(米・元大統領)
もしわれわれが日本人を挑発しなかつたならば決して日本人から攻撃を受ける様なことはなかったであろう。(『東京裁判日本の弁明』)

●チャールズ.リンドバーグ(米・飛行家・大佐)
ドイツ人がヨーロッパでユダヤ人になしたと同じようなことを、我々は太平洋でも日本人に行ってきたのである。・・・地球の片側で行われた蛮行はその反対側で行われても、蛮行である事には変わりが無い。「汝ら人を裁くな、裁かれざらん為なり」。この戦争はドイツ人や日本人ばかりではない、あらゆる諸国民に恥辱と荒廃とをもたらしたのだ。(「孤高の鷲〈下〉―リンドバーグ第二次大戦参戦記」)

●エドウィン・O・ライシャワー博士(米・元駐日アメリカ大使・ハーバード大学教授)
軍事法廷はかく裁いた。だが歴吏は、それとは異なる裁きを下すだろうことは明らかである。(「将軍の裁判マッカーサーの復讐」日本版裏表紙に寄せた文章より)

●毛沢東(中・中国共産党主席)
〔昭和三十九年、社会党の佐々木更三委員長が、毛沢東主席に「中国国民に多大の損害をもたらして申し訳ない」と挨拶したところ〕伺も申し訳なく思うことはありませんよ、日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらしました。中国国民に権利を奪取させてくれたではないですか。皆さん、皇軍の力なしには我々が権利を奪うことは不可能だったでしょう。(『毛沢東思想万歳』(下))

●トウ小平(中・中国共産党副主席)
日本は中国を助けた事になっている。・・・日本が蒋介石を重慶まで押し下げてくれたので、我々は日本軍の占領地域の後方に広がった。・・・皆さんだけを責めるのは不公平だと思う。(「中国との友好交流二十年の感想」三岡健次郎 平戒七年六月三十日 中国政経懇談会)

●K・R・ナラヤナン(インド・大統領)
博士の有名な反対判決は、勝者側の偏狭なナショナリズムと政治的復讐とを退け、それよりも平和そして国家間の和解と親菩のために努カすべきことを説いた、感銘深い呼びかけでありました。
博士はまた、そのように行動されたことにより、インドと日本との友好と理解のシンボルとなったのであります。(一九九七年十月十六日 京都のパール博士顕彰碑建立の際に寄せたメッセージ)

《法律専門家・学者》
●プライス(米・陸軍法務官)
東京裁判は、日本が侵略戦争をやったことを懲罰する裁判だが、無意味に帰するからやめたらよかろう。なぜならそれを訴追する原告アメリカが、明らかに責任があるからである。ソ連は日ソ中立条約を破って参戦したが、これはスターリンだけの責任でなく、戦後に千島、樺太を譲ることを条件として、日本攻撃を依頼し、これを共同謀議したもので、これはやはり侵略者であるから、日本を侵略者呼ばわりして懲罰しても精神的効果はない。(一九四五年十二月のニューヨーク.タイムズ紙にて『東京裁判の正体』)

●カール・ヤスパース(独・哲学者)
私はどう考えても、一つの民族だけが、戦争の責罪を負わなければならない義務はないと思う。
゛自分には罪はない"などというのは、薄っぺらで、ごまかしの道徳意識だ。これこそひとリよがりというものだ。その証拠には、彼らはすでに、次の戦争の準備をし、これを促進しているだけではないか。
…いっそ明白なる暴カの方がましである。その方が正直で我慢しやすい。そこに存在したものは戦勝国の強権ばかりであった。それは人類の将来の平和のために、無益なばかりか、極めて有害な存在となった。(『戦争の責罪』)


「パール判事の日本無罪論」田中正明-小学館文庫

Agosto 26, 2005

蘇我氏 26 agosto 2005

 奈良県明日香村の島庄遺跡で昨年見つかった飛鳥時代の豪族、蘇我馬子の邸宅跡とみられる建物群の全容がほぼ判明したそうです。
 
 蘇我氏といえば、歴史に残っている有名な名前は「稲目」「馬子」「蝦夷」「入鹿」です。どれもあまりよい名前ではありませんね。これらの名前はたぶん彼らの死後、政権を取った側の手によって彼らを辱めるために改名されたものでないかと思っています。
 歴史は勝者によって語られる事が多いですから、後世にはそんな名前で残ってしまったのでしょう。
 どこかに残っていませんかね、本当の名前。ちなみに、入鹿の本名は「大郎鞍作」であるとする説もあります。

Marzo 31, 2006

胡錦涛発言  31marzo 2006

「首相がA級戦犯を祀る靖国神社参拝をやめたなら首脳会談を直ちに行う用意がある」

いわゆる「A級戦犯」といわれる方々が「悪い人」というイメージで捉えられるようになってから久しい。

しかし、当時設置されたいい加減な極東軍事裁判の判決を根拠に彼らを犯罪人としてしまう事には当然の如く、私はまったく納得出来ない。

物事は合理であってもなかなか世間にはそうと認知されないものである。

日本としては今まで以上に自らの正当性を主張しなければならないのではないか。

たとえそれが自らの美意識に合わない行動だとしても。

Abril 6, 2006

僕の見た「大日本帝国」 西牟田靖著  6 abril 2006 

からだを悪くしそうな程イッパイイッパイなのに、つい時折読書もしてしまう悪い癖・・・(^_^;)

僕の見た「大日本帝国」、こちらまだ読みかけではありますが、著者の冷静な視線が心地よい。
しかし、歴史的事実の認識についてはまに受けず、もう少し疑った方が良いところもあるかもしれません。
戦時中の強制連行はあったでしょうが、それが国によって組織的に行われたのか、それとも民間のマフィアみたいな組織によって行われたのかでは、同じ事実でも責任の所在が天と地ほどに違ってくるのではないでしょうか。

著者はかつての大日本帝国の版図をすべて踏破されたそうです。

樺太でも結構日本語が通じるなんて意外でした。
戦後日本本土へ帰るに帰れなくなった人達も多いとの事。
また、樺太生まれの人にしてみれば、そこが故郷ですから歴史に翻弄されたとしてもそこに残るのは自然な事だったのでしょう。

また台湾では奥地、僻地に行けば行くほど日本語が通じるそうです。
外国語は大都市ほど通じ易いのが通例なんですけどね。
原住民(先住民族の彼ら自身が自身の事を「原住民」と呼んでいます)のあいだでは、いまだに日本語が共通語として使われているとか。

またまた行きたくなりましたね。台湾。それも奥地に。
それから樺太。稚内から定期航路がありますね。
天気が良いと稚内からは樺太の大地が見えますよ。

僕の見た「大日本帝国」 西牟田靖著

Agosto 5, 2006

安倍内閣官房長官は靖国参拝を隠す必要はない。 5 agosto 2006

安倍内閣官房長官は靖国神社参拝を隠す必要はない。
中国は強者に弱く、弱者に強い。
靖国神社参拝を隠そうとするから、ウィークポイントとして政治カード化されてしまう。

靖国神社参拝なんて当たり前の事という国際認識があったから、戦後も今のちょっと前まで全く問題にされていなかったではないか。

おかしくなったのは某大手国内メディアが殊更に問題化してからである。
国の為に尽力した人々に敬意を表するのは、どこの国でもその国民なら当然の行為だろう。
当たり前の事をするのに騒ぐ方がどうかしている。

私の記憶では、三木さんあたりがおかしくし始め、中曽根さんが決定的にこれをおかしくしてしまった。

むしろ、中国や韓国が自国の教科書や悪い冗談満載の博物館で執拗に行っている歴史の歪曲化を正しい方向に向けさせる事が日本政府の急務であると思う。

これは本当に急務であると思う。

歴史の歪曲化についてはむしろ日本側から政治問題化を仕掛けた方がよい。

また、なぜ政府は中国に対して、チベット問題等の強烈なカードを切らないのか?

また、一部勢力は、憲法九条を本気で守りたいなら、近隣の脅威、中国や韓国の徴兵制度を政治問題化して、必ずそれをやめさせなければならないだろう。

中国や米国の核廃絶にも本気で取り組んで頂きたい。

持つ国が持たざる国に、米国や中国が北朝鮮やイランには核を持たせないという、強烈なエゴの構図をなぜ日本は国を挙げて支持するのか???

なぜ、それらを放っておく?
なぜ平和実現に向けたキャンペーンをマスコミははらないのか?

日本のみ非武装にしたら、近隣諸国からの侵略を呼び込んで、それはかえって戦争を招きかねないだろう。

世の中不思議な事ばかりです。

一部のメディアや政治家は国際感覚なしに、また歴史を知らずして安倍内閣官房長官の靖国神社参拝を問題視しようとする。

しかもわざわざこういったタイミングで。

安倍内閣官房長官は思いがあるなら発言しなければ。

外交にはどうしても力対力という野蛮な側面がある事を考慮した方がよい。
言わなければ言いくるめられ、行動しなければ相手のいいようにやられるのが外交だろう。

まさに食うか食われるかの弱肉強食の世界。

生き残るために必死で富国強兵を目指した明治の元勲達がそう認識した世界から、それは形を変えながらも連綿と現代まで続いていやしないか?

それは目をそむけたくなるような嫌な事柄ではあるけれど、古代から現代に至るまで実際、世界はそうやって動いていないだろうか。

今だって国連にはどう考えても不条理な常任理事国という制度がある。
永遠の五大国に永遠の決定権が与えられている。
なんじゃそりゃ???

なぜ和訳を変えたのか知らないけれど、ユナイテッドネーション=大戦中の連合国=国連、全て内容は同じですね。

国連というのは、さきの大戦における勝者がいいように世界をまとめている。

嫌な事ではあるが、強いものに弱いものが従っているのが、現在の世界情勢の構図だろう。

また、嫌な事ではあるが、危うい力のバランスの上に平和は成り立っているのではないだろうか。

有史以来、戦争がなくなった事はない。
私たちが進化していると思ったら、それは思い上がりだろう。
むしろ危うい退化を遂げているのでは?
もし、そうした危機感がないのなら、20歳前後の人が多かった特攻隊員達の遺書を眺めて見たほうがよい。
平均してあれだけの文字と文章が書けた彼らよりも私たちが進化しているなんて、とても思えない。

まっさらな目で見れば、中国は今まさに日本に隷属外交を求めている。
経済のために媚びるなら、それは卑しいと思う。
譲れないのは魂の在り方だろう。

Agosto 9, 2006

A級戦犯? 9 agosto 2006

この頃になると一際騒がれるのが靖国神社参拝の是非。
これに際し、「A級戦犯の分祀」などと、一部の政治家やマスコミは何も配慮や考えなしに「A級戦犯」という言葉を使うが、如何なものか。

東条内閣はヒットラーやムッソリーニのような独裁の形は取っていなかったし、広田弘毅氏は当時戦争に反対した人物であり、また重光葵氏にいたっては戦後も外相を務め、日本が国際連合に加盟したのは彼の時である。

勝者が敗者を裁いた東京裁判が大変いい加減な茶番劇であった事は、諸外国の専門家や政治家も含め、多くの人が認めるところであるのに、そのもとで裁かれた、いや裁きの体をなしていなかったから私刑にあった彼らの呼び名が日本国内においても「A級戦犯」とは・・・あんまりな話である。

一部の政治家の発言を聞いていると、彼ら先輩政治家に対しての配慮はまったく微塵も感じられない。
歴史は連綿と続いているんだぜ?

Agosto 15, 2006

日本軍武装解除の日 15 agosto 2006

1945年の8月15日、日本は連合国の出したポツダム宣言の条件をのみ、武装解除に応じました。

今日のこの日、謹んで先達英霊にご感謝申し上げます。

あなた方がいたからこそ今の私たちの繁栄はあり、また世界が苛烈な西欧植民地支配の手から解き放たれたのも、その多くはあなた方のおかげです。

Agosto 16, 2006

1952年4月28日 16 agosto 2006

1952年4月28日 16 agosto 2006 [歴史]  

驚いた。
今日(8月15日・・・いわゆる終戦記念日)リハにやって来た、高校生の子に何気なくさきの終戦の事を聞いてみたら、なんと1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約の発効を以て終戦だと正確に答えた。
どうやら我が母校にはきちんとした歴史を教える優れた社会科教師がいるようだ。

本日、靖国神社参拝の是非を巡るアンケートが盛んで、何気なく見ていたらYahoo!のでも、それからなんとあのNHKの調査でも参拝賛成派が多数であった。
驚いた。
時代は変わったものだ。
私が高校生の頃、まだ靖国の問題など存在せず、少し話題はそれますが自衛隊の論議が盛んでした。
社会科の時間に自衛隊の存在にイエスなものは手を挙げなさいと言われ、まぁ目をつぶってって事だったのですが、興味から堪えられずに薄目を開けて確認したところ、45名くらいのクラスメートのうち賛成者は私を含めわずか3名だった事を思うと、話題は違うものの、靖国参拝賛成者の方が多数派になったなんて、隔世の感があります。

Septiembre 7, 2006

皇孫殿下誕生! 7 sept. 2006

平成18年9月6日(水)午前8時27分。
皇孫殿下誕生。
48.8cm、2558g

色々と書きたい事はあったけれど、今夜はこれで!

ただ、いずれの事を考えると皇位継承についての皇室典範は改正せねばならないだろう。
現代に於いて側室を設ける事はもうままならないだろうから、これは皇族、皇位継承者の範囲を拡げるしかないのではないか。

Diciembre 8, 2006

硫黄島からの手紙 8 dic. 2006

約2時間じっと座っていなければならない映画館での映画鑑賞は苦手だけど、これは久々に観てみたいと思った映画。
硫黄島の戦いでは日本側参加兵士の殆どが玉砕している。
が、米側の被害も甚大であったと聞く。
硫黄島の陥落により日本本土空襲が簡単になった事が、東京大空襲等の米軍による無差別虐殺事件につながってゆく。
ほぼ大勢を決したのが2月23日、東京大空襲はご存じ3月10日。
川に囲まれた下町の、まず外周を焼き避難路を断ってから市民に向けて爆撃したのは今では有名な話だ。
ヘヴィーな題材をつかって、クリント・イーストウッドがどんなヒューマンドラマを描いたのか、興味津々。
12月9日公開。すぐですね。

「硫黄島からの手紙」公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/iwojima-movies/


大東亜戦争の開戦日に。

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Diciembre 9, 2006

初めて知ったを連発するけれど・・・ 9 dic. 2006

「硫黄島の手紙」扱ったテレビ朝日のニュース番組で、キャスターや俳優さんが陸軍中將栗林忠道について「初めて知った」を連発するけれど、教育を受けていないのだから当たり前といえば当たり前の事でして。

社会科で、歴史に名を留めるに値する日本の軍人たちについて殆ど教えられないのは残念な事だと思っています。

こうして話題にのぼった時にのみ、彼等の素晴らしさが語られ、普段は全く忘却の彼方に埋もれているのはもったいない事だと思う。

以下に挙げる方々は社会科や道徳の時間に再び採り上げられるべき人物ではないでしょうか。

軍人だ、という色眼鏡をかけて見るのでなければ、彼等それぞれに素晴らしい精神をもってその時代を生きていた事がわかると思います。
素直に見習いたいと思っちゃいますけどね。

以下、簡単ですが人物・功績紹介。
詳しくは書物がたくさん出ていると思います。

東郷平八郎・・・元帥。日本の連合艦隊とロシアのバルチック艦隊による日本海海戦の完全勝利。日露戦争は近代において初めて白人が有色人種に負けた歴史的な戦。トーゴー・ターン。世界三大提督-ホレーショ・ネルソン、ジョン・ポール・ジョーンズ、東郷平八郎 。世界三大海戦 -レパント海戦、トラファルガー海戦、日本海海戦 。

乃木希典・・・陸軍大将。旅順攻略。敵将ステッセルと水師営の会見。学習院院長(=昭和天皇の教育係)。明治天皇崩御の日に夫婦で殉死。

兒玉 源太郎・・・陸軍大将。旅順攻略。良好な台湾統治。

秋山真之(さねゆき)・・・海軍中将。旅順港閉塞作戦。日本海海戦主任参謀。

広瀬武夫・・・部下の杉野孫七上等兵曹を探索して船内を3度探し、退却時にボート上で砲弾の直撃を受け戦死。そのエピソードが唱歌『廣瀬中佐』となる。

佐久間勉・・・第六号潜水艇事故(明治43年4月、広島湾で潜水艇が訓練中沈没した事故)。職務を最期まで全うする。
その潜水艇が引き揚げられたとき、13名の艇員は全て整然として部署についたまま絶命。
当時、世界の人々を驚倒させ、今も世界各国の潜水学校で尊敬されている

山本五十六・・・元帥。連合艦隊司令長官。日独伊三国軍事同盟や日米開戦に最後まで反対。航空機戦力に早期から着目し、海軍航空隊設立に尽力。

栗林忠道・・・陸軍中将。硫黄島の戦いで米軍との激戦を指揮し、最後は自ら200名の兵士達の先頭に立ち突撃を行い戦死。米軍に大打撃を与える。米側から見た、大東亜戦における最も優秀な日本側指揮官。

池田末男・・・中佐。8月15日の武装解除後、ポツダム宣言に反して千島列島占守島へと攻めてきたソ連軍に対し第11戦車連隊(通称『士魂部隊』)を率いて抵抗。ソ連軍の計画していた北海道占領作戦を断念させる。

ちなみに広島にある江田島の海軍士官学校はアメリカ合衆国のアナポリス海軍兵学校や英連合王国のダートマス海軍兵学校と共に世界三大兵学校の一つに数え上げられていました。現在は海上自衛隊第一術科学校及び幹部候補生学校となっています。

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Enero 7, 2007

図説「拷問全書」秋山裕美著 7 enero 2006

教科書的なものでは絶対教えてくれないであろう欧州の思考が知りたくて、こんなのも読んでみたけれど・・・。

正直気分悪くなりました。
絞首の描写とか、実感として首を絞められた時の鬱血感が、からだに変調をきたします・・・。

紙面の大半はルネッサンス期から近世にかけての記述ですが、暗黒の中世と言われる頃よりも近世の拷問の方が凄まじかったとは。

こんな時代が再び訪れたらたまりませんね。

しかし、何がどれほどの罪になるのか、罪の価値観というものはその時代によって大きく左右されるものです。

現代から見た過去の狂気は、その当時最高とされた知識人たちの正気。
私たちだって、今、正しいと思ってやっている事にあんまり揺るぎない自信を持たない方がよいかもしれないですよね。


正義とはなんであるのか、正しい事とはどういう事なのでしょうか。

時代に合わせた正しいと言われる行動は、絶対的な「善」があるとしてその行動はそれにも合致し得るのでしょうか。
真理とは一体本当にあるのか、はたまた般若心経が説くように常に形を変える実態、真理がないところに真理がある、それこそは真理なのでしょうか。

そんな事を考えてしまいました。
まぁ何でも読んでみるものですね。


いまだに咳が止まらない・・・いつもそうだけど、一度気管支をやると長いんです。
昨日は前日の咳き込みすぎで横隔膜だか、腹筋だか、ともかくそんな辺りが痛かった。

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Julio 22, 2007

「嫌韓流・山野車輪」普遊舎MOOK 22 julio 2007

テレビや新聞はほぼ絶対に、韓国に対しての否定的な情報は流さないから、たまにはこういう本を読んで国際情勢、文化、歴史についての認識を正す事が必要だろう。

しごく当たり前の事を、なぜか当たり前に言う事が出来ない日本社会に勇気を持って投げ出された貴重な漫画だ。
その事実を曲げようもない多くの第一次資料を基に語られているから説得力がある。

韓国は日本に併合されたのであって、いわゆる欧米型の植民地ではなかった、という言葉にも写真や当時の統計、公的資料などをふんだんに持ち出して説得力がある。
日本だった頃の朝鮮半島では警察官の6割は朝鮮人、知事のポストは4割が郡長・村長はほぼ全てが朝鮮人であった。
また日本併合前には儒教的カーストにより奴隷制があったものを廃止したのも、またハングルを普及させ半島人の識字率を劇的にあげたのも日本の政治だ。
100校に満たなかった小学校の数を終戦までに5000校にまで増やしたのも日本なら、朝鮮語辞典を初めて作ったのも日本の政治だ。
日本は朝鮮から搾取したどころか、統治していた当時、半島の近代化の為に国家予算の20%をも投じている。
朝鮮の改革派、一進会が選んだ日本併合の道は、当時の半島情勢からすれば最も正しい選択だったと考えられる。
日本への併合は、朝鮮の議会自らが選択した道でもあった。

そして戦後、韓国がGHQを通じて日本に要求した補償額は21億ドル。
それに対して日本は軍事用資産を除き53億ドルの資産を半島に残し、尚かつ日韓基本条約締結の際には計8億ドルの経済協力金を支払っている。
日本はそもそも韓国と戦争していないので、賠償を行う必要が全くないのにもかかわらず、である。
なおこの日韓基本条約の締結によってお互いにその後の戦後補償に対する請求権が失われているいるのはもちろん公然の事実である。

韓国がどういう体質の国であるかは2002年日韓共催ワールドカップの試合にも端的に表れている。
とにかく事実は汚い。
詳しくここでは言うまいが、結果、FIFAの公的資料にもW杯の10大誤審に日韓W杯での韓国戦が4件も含まれているという。
サッカーにはほぼ全く興味ないし、当時日本のマスコミはそういった事についてはまったく触れていなかったから、私も全く知らなかった事ではあるが。

韓国を知るには、とにかくこの国の常識を広く覆っている儒教について知らなければならない。
それが日韓問題を考える上では必要不可欠だろう。
残念だがここでは日本的な常識は殆ど通用しない。
儒教は下位と思われるものに対して苛烈である。

この本に書かれている内容は過激でもなんでもなく、事実を事実と言っているに過ぎないのだが、これを過激と世間は評する程に現在の東アジア情勢を巡る認識はマスコミを中心に歪んでいるのである。

そのマスコミ・・・朝日新聞、毎日新聞、NHK、TBS、テレビ朝日その他が一部事実に反する異常に歪んだ報道をしている事についてもこの漫画を読めばよくわかる。

日本人なら、とにかく必ず一度は手にとって読むべき漫画だろう。


マンガ嫌韓流


こういう事を述べると私は「右翼」と思われがちであるが、まったくそうではない。
私の信条は「右翼」でも「左翼」でもない。
実際、元々東アジア情勢が気になりだしたのは小学生の頃読んだ森村誠一の931部隊についての本や、本田勝一の著作だ。
どちらの意見も聞き、とにかく第一次資料に目を通して考え、確固たる証拠に基づいて事実を見つめれば歴史は歴然としてあるしかなく、私はただその歴然とした事実をそのまま述べているに過ぎない。
だから余分に色を付けた部分はまったくない。
長年両方の側の意見に耳を傾けた結果、残念ながらどうもいわゆる「左翼」の側の意見は客観的事実に乏しいのである。
歴史は事実に基づいて描かれなくてはならないと思う。
もしこの漫画に書かれている事が事実ではないと言う人がいるなら、反証を持ってきてそれをせめなければならないだろう。
とにかく真実を洗い出したいと思っています。
資料に基づく歴史を作りましょう。


藤田浩司-koji fujita-のCUBA2007音楽の旅・1「サンチアゴ・デ・クーバ 19 junio 2007」

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Agosto 6, 2007

ライブから一夜明け 6 agosto 2007

その後色々と反響もあり、まだ興奮状態でいます。
久々だったからかな・・・
また昨年並みにコンボでのライブを増やすのもいいのかな、なんて。
だけど、今はソロライブを増やしてみたいんですよ・・・。

今回は初めてのお客さんが多かったせいか、あとでメールやメッセージをいくつか頂きました。
ありがとうございます。
これからも良い音楽が出来るよう、一層精進して参りたいと思っています。


ナゼカお客さんと飲み会もいくつか決まったし、この夏は地元で楽しく過ごす事が出来そうです(^^)

さて、8月6日といえば言わずとも知れた広島原爆投下の日です。
No More Hiroshima!!!
もうアメリカ合衆国の暴力は許さない。
本気でそう思う。
長崎もそうですが、市街地の真ん中にかの国は原子爆弾を落としました。
誰の目から見ても国家が指令した人類史上最大の一般市民大虐殺であると思うのですが、これに対する批判の声は意外にも小さい。
とても不思議な事です。
被害者である多くの日本人でさえ、批判の目を違うところに向ける・・・とても不思議な事です。

事実を素直に見つめましょう。
大量虐殺の主体が誰であるのか。
それは言うまでもなく、明らかな事であると言うのに。
そしてかの国がその後どういう事をしてきたか。


イラクへの侵攻だって立場上日本は絶対にそれを批判するべきだったはず。
あの時の日本政府の対応についてフセイン氏の落胆はさぞや大きかった事だろう。
フセイン政権も、米国に逆らう事の出来ない日本のメディアによる情報からはネガティブなイメージしか浮かばないけれど、事実を知れば彼はよくやっていたと思うよ。
フセイン政権下のイラクは、アラブ社会では最も福祉が進んでいたのでないかと思う。
そういう事は自分で調べて見なければ・・・テレビや新聞からの情報のみでは中々わからない事だ。
そういうマスコミの報道姿勢は、右も左もどちらも関係なく残念に思う。

当時の日本だってどれほど悪かったものか。
日本が国際連盟に提出した人種平等条項提案を踏みにじったのも米国である。
その当時、世界にはどれほどの理不尽があった事か。
植民地経営が当然であった帝国主義の世界に。

今の瞬間にも、この世界に平和と正義が訪れますように。

-次回のライブ-
9月1日(土)「藤田浩司ピアノトリオ」
ナチュラルハーモニー2000:大網白里町ながた野1丁目7-7
☆tel:0475-72-7966
1st) 20:00, 2nd) 21:15
MC2000円
藤田浩司ピアノトリオ
[藤田浩司(p)、菊池敦彦(b)、木村啓太郎(ds)]

長生高校吹奏楽部打楽器パートOB、OG飲み会あります!
2007年8月18日(土)18:00スタート
BUFFALO バッファロー
住所:茂原市町保6-50
電話:0475-26-3693
営業時間:18:00-26:00
学生2500円、社会人は5000円程度の予算です。

藤田浩司-koji fujita-のCUBA2007音楽の旅・1「バラデロ(Varadero)・・・水流に逆らって 4 julio 2007」


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Agosto 14, 2007

NHK夜10時

茂原の実家に珍しく兄弟4人が揃ったので、居間でワイワイとやっていたところNHKの番組が始まった。

この時期になると決まって第二次世界大戦(日本語で正式には「大東亜戦争」)にまつわる特集番組がある。


なんだかなぁ・・・制作スタンスが一方的で。
制作者のあなた達は当時の戦勝側、ユナイテッド・ネーションの人ですか???

これを漠然とみたら今回話題の中心だった東条英機や広田弘毅、松井岩根の各氏はただの悪人になってしまいそうだ。

そんな番組の中にも事実の提示はあったので、見ないよりは見た方が宜しいでしょう。

ただし、事実のみを判断材料として、あとは自分のアタマを使って歴史を見つめなければなりません。
余分なゴタクは必要ありません。
番組の中から事実のみを抽出するのです。
そして歴史の流れを自分の手で再構築してみる。

出来るかな・・・???


ちなみに本日火曜日には東京裁判パール判事にまつわる話、それから15日には憲法9条にまつわる話が放映されるようです。

憲法9条も本当に平和を指向するなら絶対に改正するべきと思うのですが、日本の武力放棄が国際平和を保つと考える思考回路が全く理解出来ない。
そんな一方的なものではない、と思いますけどね。
武力放棄は万が一、それをやってしまったらむしろ近未来に戦乱を呼び込むと思いますよ。
断言します。
まさか日本政府は武力放棄などしないでしょうけれど、万が一現在の憲法を素直に読む政権が出来た時には・・・危ないな。
何事にも現実にはバランスが大切だと思う。
安定のためにバランスを保つという事には普遍性を感じます。
何も絶対的優位を保つ程の軍事力を持つ必要はないけれど、周囲に応じてそれ相応の備えはしておいた方が常識的でしょう。
地震や災害には備えるくせに、他国からの侵略については備えなくて宜しい・・・という社会の風潮はどうかしている。

侵略を許すスキを他国に与える事の罪は重いと思います。

平和とは、自らの手で守るものではないでしょうか。


今、日本の平和があるのもギリギリのところで自衛隊が、そして不本意ながらも米軍によって守られているからですね。
それによって他国は日本に手を出す事が出来ない。
9条を守っているから他国が攻めてこない?・・・いや、それはどうかな
本当にそう思うなら、そのロジックを提示して下さい。
お願いします。

机上の論理と精神論で組み立てた9条擁護論によって、俺の愛する人たちを不幸に追いやるわけにはいかないんだ。

Diciembre 8, 2007

ニイタカヤマノボレ 8 dec. 2007

12月8日、日米決戦の口火を切った真珠湾攻撃開始はこの暗号の打電から始まった。
千葉県船橋市にある行田送信所から真珠湾の南雲機動艦隊に向けて「ニイタカヤマノボレ」は発信された。
新高山・・・今の玉山。
標高3952mで当時日本の最高峰だった。
台湾登山のメッカであり、どんなものかと情報を追ってみると、どうやらガイドの随行が義務、登山するためには1ヶ月前に抽選があり、シーズンには100倍を超える競争率だという。
登ってみたかったけれど、ちょっと面倒そうだ。
いずれ、余裕な日々を迎える事があったら是非登ってみたいと思う。

2007年12月15日(土)
-藤田浩司 ロス・ベシーノス-
(藤田浩司P、舟橋まさるB、野崎めぐみConga、高崎洋平D)
大里綜合管理株式会社
住所:〒299-3236 大網白里町みやこ野2-1-3
電話番号:0475-72-3473
17時30分開場
18時00分開演
チャージ代 1000円

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Diciembre 17, 2007

夢かなう! 17 dec. 2007

台湾に駐在する先輩のお取り計らいにより、今度、台湾人のおじさん、おばさんと会食する事になりました!
もうメチャクチャ楽しみです(^^)
台湾は60年ほど前までは約50年間日本であったわけで、古き良き日本の習慣や精神が現代の日本以上に残っていると話にはよく聞きますが、実際どんなものであるのか確かめてきたいと思っています。
ご縁があれば色々な方とお会いしたいです!
特に、敗戦までに青春期を過ごされた方々とは。

-ライブのお知らせ-

2008年1月18日(金) - 藤田浩司 Viva Esperanza(ビバ・エスペランサ) -
[p&d:藤田浩司、tp:森戸拡義、tb:工藤幸枝、d:高崎洋平、perc.:吉羽一星、s-bass:野口由紀]
Live & Restaurant HEART
住所:広島市中区流川町7-2 石川ビル2F
☆電話番号:082-248-0077

2008年1月26日(土)
-藤田浩司 Los Vecinos( ロス・ベシーノス)-
(藤田浩司P、舟橋まさるB、野崎めぐみConga、高崎洋平D)
ナチュラルハーモニー2000:大網白里町ながた野1丁目7-7
☆tel:0475-72-7966
1st) 20:00, 2nd) 21:15
MC2000円

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Febrero 26, 2008

靖国神社 26 febrero 2008

数年振りで靖国神社に行って来ました。
意味合いからして、それから念の強さからして、守護神としては最強なんじゃないかな。
今回は、とある事をお願いする気持ちが強くて、私たちの暮らしを護ってくれた英霊への感謝の気持ちを表す事がついついおろそかになってしまったかもしれませんが、お許し下さい(>_<)

遊就館へは改修後初めての入館。
気付いてみれば、あっという間に3時間。
近代史を知る上でためになる施設だと思います。
大人800円に対して、高校生なら300円。
教養として、一度は足を運ぶべきでしょう。
現行の教科書では記述される事の少ない、近代史の一面を知る事の手がかりになると思います。
たとえばいくらなんでも、日本史のみならず、世界史に登場する東郷平八郎や乃木希典について学ばないのはどうかしていると思う。