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いよいよ衆院選挙  11 sept 2005

いよいよ衆院選挙  11 sept 2005 [徒然なるままに]  
 自民も民主も「官から民にお金が流れる」と、肯定的な意味でその言葉を使うけれど、その事は本当に良い事なのか?
 私に言わせればそれは本質ではなく、そのお金が民のどういった部分に流れるか、その質が重要なのであり、一部の富裕層へとさらに流れても、それは社会的に如何なものかと考えてしまう。
「民に流れる」と聞くと、まるで自分のところに流れてきそうであるが、現実はそうではないでしょう?
 純粋にシステムで考えたら、社民が主張するように、個の利益を追求しなければならない企業よりも、国民の利益を追求する国にお金が流れた方が私たち個人にとっては良いのかもしれない。
 ただし国だって、それを機能させる人物次第では汚職を生み、私たちへの配分は非効率的なものとなる。
 結局、どんなシステムでもそれを円滑に機能させるのは、「人物」次第ではありませんか。
 だから私たちは、その主張するところよりも、その人物をみて投票した方がまっとうな政治になるのかもしれない。人を信じて。
 人格の高潔さ、仕事への熱意と効率、他人への配慮、公共への慈しみ、結局はそういった一人一人の政治家個人の資質が大切なのではないか。
 それこそ「共産主義」だろうが、「絶対王政」だろうが、統治する人に能力があって、また公共心にあつければその社会は暮らしやすいものとなるだろう。封建社会の江戸時代にも善政をを敷いた政治家(殿様)がいる。
 逆に「資本主義自由社会」が全て良いかといえばそうではないでしょう?
 
 結局は教育が一番大切なのではないか?民度が上がってくれば、全てのシステムが機能的に動き、無駄な物がなくなっていくだろう。日本はそういった効率性を武器にしていかないと、資源のないこの国の将来は危うい。
 例えば、極端な話、もし教育の効果によって世の中から泥棒がいなくなるだけで泥棒対策の費用がいらなくなり、その分誰もが効率的に資金を生かせるだろう。
 治安が良いという事は、それだけで私たちに利益を生む。安全であるからこそ、そこに資本投下出来る。
 「安全」という社会資産には、お金では計り得ない価値があると思う。
 また、教育によって節約する事を知れば、様々な資源の有効活用が出来、随分と効率の良い世の中になるだろう。
 教育の効果によってみんなが約束事を守れば、リスク回避にまわすはずだった資産を、これまたもっと有効に活用できるだろう。
 教育の効果によって一人一人の能率・生産性が上がれば、それが日本社会全体の競争力を強めることになるだろう。
 ちょっと話がそれました。ですから、今回もよく人物を見極めて一票を投じる事にしましょう。
 例えば、ホントに例えばですが、その人が自民だからと一票入れても、その人が明日も自民党員であるとは限らないですしね。
 また、どんなシステムを選んでも、結局そこに良心がなければ住みよい社会にはなりませんね。
 しかし比例代表制は個人を選べないし、小選挙区制は苛烈である。現在の制度はホントに以前の中選挙区制より優れているのであろうか・・・。
 国民の意思を代表する「代議士を選ぶ」という本義には、比例ナシ、中選挙区制の方が民主主義に叶っていませんでしたか?
 小沢さんの思惑通りにはダイナミックな政権交代も起こりそうにない現在、今のこの制度はそのうちに自民党の一強独裁を生み出してしまいそうでコワイ感じがします。
 私個人としては、今のところ特にどこの政党が好きというのも、また嫌いというのもありませんが、一党独裁は「和をもって尊しと為す」日本の風土にはなじまないと考えています。たとえそれがどんなに素晴らしい政治団体であったとしても。
合わせてお読み下さい。
https://kojifujita.com/blog/2005/09/9_agosto_2005.html#more

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