安倍内閣官房長官は靖国参拝を隠す必要はない。 5 agosto 2006
安倍内閣官房長官は靖国神社参拝を隠す必要はない。
中国は強者に弱く、弱者に強い。
靖国神社参拝を隠そうとするから、ウィークポイントとして政治カード化されてしまう。
靖国神社参拝なんて当たり前の事という国際認識があったから、戦後も今のちょっと前まで全く問題にされていなかったではないか。
おかしくなったのは某大手国内メディアが殊更に問題化してからである。
国の為に尽力した人々に敬意を表するのは、どこの国でもその国民なら当然の行為だろう。
当たり前の事をするのに騒ぐ方がどうかしている。
私の記憶では、三木さんあたりがおかしくし始め、中曽根さんが決定的にこれをおかしくしてしまった。
むしろ、中国や韓国が自国の教科書や悪い冗談満載の博物館で執拗に行っている歴史の歪曲化を正しい方向に向けさせる事が日本政府の急務であると思う。
これは本当に急務であると思う。
歴史の歪曲化についてはむしろ日本側から政治問題化を仕掛けた方がよい。
また、なぜ政府は中国に対して、チベット問題等の強烈なカードを切らないのか?
また、一部勢力は、憲法九条を本気で守りたいなら、近隣の脅威、中国や韓国の徴兵制度を政治問題化して、必ずそれをやめさせなければならないだろう。
中国や米国の核廃絶にも本気で取り組んで頂きたい。
持つ国が持たざる国に、米国や中国が北朝鮮やイランには核を持たせないという、強烈なエゴの構図をなぜ日本は国を挙げて支持するのか???
なぜ、それらを放っておく?
なぜ平和実現に向けたキャンペーンをマスコミははらないのか?
日本のみ非武装にしたら、近隣諸国からの侵略を呼び込んで、それはかえって戦争を招きかねないだろう。
世の中不思議な事ばかりです。
一部のメディアや政治家は国際感覚なしに、また歴史を知らずして安倍内閣官房長官の靖国神社参拝を問題視しようとする。
しかもわざわざこういったタイミングで。
安倍内閣官房長官は思いがあるなら発言しなければ。
外交にはどうしても力対力という野蛮な側面がある事を考慮した方がよい。
言わなければ言いくるめられ、行動しなければ相手のいいようにやられるのが外交だろう。
まさに食うか食われるかの弱肉強食の世界。
生き残るために必死で富国強兵を目指した明治の元勲達がそう認識した世界から、それは形を変えながらも連綿と現代まで続いていやしないか?
それは目をそむけたくなるような嫌な事柄ではあるけれど、古代から現代に至るまで実際、世界はそうやって動いていないだろうか。
今だって国連にはどう考えても不条理な常任理事国という制度がある。
永遠の五大国に永遠の決定権が与えられている。
なんじゃそりゃ???
なぜ和訳を変えたのか知らないけれど、ユナイテッドネーション=大戦中の連合国=国連、全て内容は同じですね。
国連というのは、さきの大戦における勝者がいいように世界をまとめている。
嫌な事ではあるが、強いものに弱いものが従っているのが、現在の世界情勢の構図だろう。
また、嫌な事ではあるが、危うい力のバランスの上に平和は成り立っているのではないだろうか。
有史以来、戦争がなくなった事はない。
私たちが進化していると思ったら、それは思い上がりだろう。
むしろ危うい退化を遂げているのでは?
もし、そうした危機感がないのなら、20歳前後の人が多かった特攻隊員達の遺書を眺めて見たほうがよい。
平均してあれだけの文字と文章が書けた彼らよりも私たちが進化しているなんて、とても思えない。
まっさらな目で見れば、中国は今まさに日本に隷属外交を求めている。
経済のために媚びるなら、それは卑しいと思う。
譲れないのは魂の在り方だろう。