再びハバナ(La Habana)へ 5 julio 2007
バラデロの朝は遅い。
日の出は7時少し前だ。
本日もよく晴れた空。
結局、バラデロで雨が降ったのはほんの少しの間だけだったな。
さすがは世界のリゾートだ。
今日はビアスールバスでハバナへ移動しなければならないため、少し早起きした。
バスの出発時刻は11:45。
逆算すると11時頃にホテルを出なければならないから、9時頃泳ぎに行って10時には戻ってきたいと思う。
だから朝食は8時。
朝食後には写真の撮り納めもしておきたい。
バラデロは絵になる風景の宝庫だ。
キューバ的なものを表したい時、バラデロの風景はかかせない一枚だ。
朝食。
どうやら早い時間の方にお客さんが多いようだ。
給仕する人に「レチェ?」ではなく「ミルク?」と聞かれた。
その時、ふと思った。
ウエイトレスがサービスのつもりで日本人である私に向けてあやふやな日本語を使ったとする。
「乳?」
・・・もし彼女に「チチいりますか?」と聞かれた場合、私たちはどういう反応をすれば良いだろうか。
日本語で正しく聞くなら、コーヒーに入れる場合にはやはり「ミルク?」、あるいはせめて「牛乳?」が正解だろう。
「乳?」はその物質を指す正しい名称ではあるが、この場合にはふさわしくない。
私も似たような恥ずかしい問いかけをスペイン語でしているに違いないと思う。
例えば馬車を「コーチェ」と言わずして、「カバーヨ(馬)」と思わず言ってしまうように。
今日は初めてフルーツが最後に出てきた。
フルーツはサラダ代わりだと思っていたから、私としては始めに食べたかった。
が、これを甘いデザートと捉えれば、フルーツは最後に出てくるべきものとなる。
果たしていかに???
ま、キューバ人のウエイトレスはそこまで考えていないだろう。
出来てきたものからどんどん出しているんだ、多分きっと。
泳ぐ。
今日は風があるせいか、岸辺では波が砕けている。
潮騒が聞こえる。
空には珍しく、秋に出るような線の細い雲が。
今日は時計をしているから泳ぎのペースがはっきりと掴める。
ふーん、10分でこんな辺りか、みたいな。
本日の潮流も昨日と同じく、半島の付け根方向に向かっている。
よって今日は浜辺に出て右方向、半島先端部に向けて泳ぎ始める。
波立っているから当然、透明度は今一つ。
自然は毎日、同じ場所で違った表情を見せる。
一応ハーフタイムで折り返してみた。
帰りは行きの2倍近くも速い事がわかった。
やはり潮流はバカにならない。
余った時間に気の良いオバチャンのいるペソ払いの露天でマヤベを飲む。
今回、バラデロ最後の風景を惜しみながら。
11時ちょうどにチェックアウトする。
セーフティーボックスの鍵を危うく返し忘れるところだった。
レセプションで確認すると、正式な宿のチェックインタイム
は14時、そしてチェックアウトタイムは12時だ。
ホテルの入り口にバッゲージクレームがあるから、12時にチェックアウトしてしまい、午後、海で存分に遊んで18時台のバスでハバナへと帰るのも一つの手かもしれない。
水場もトイレもフロント付近にある。
タクシーはすぐにつかまった。
メーターを倒さない場合、バスターミナルまで2CUCで、メーターを使うより安く済んだ。
運転手の彼には何かメリットがあるのだろうか?
バスターミナルに到着していざ切符売り場に行ってみると、昨日レセプションで聞いた発車時刻と食い違っている。
昨日受付の彼女は11:45発だと私に教えてくれたが、実際には11:25発だった。
危ない。
こういった時刻は運営会社に直接聞くべきだな。
間に合ったものの、肝を冷やした。
バラデロの空港を経由して、マタンサスには12:15分に到着した。
13:00頃、15分のご飯&トイレ休憩が告げられる。
15分って言ったから、また30分か。
ハバナには何時に着くのだろう?
実はバラデロからバスでハバナに向かうのは初めてだ。
いつものようにタクシーならばホテルを11時の出発で、すでにこの時間、13時にはハバナへと到着する予定だったのだが。
・・・バスはきちんと15分後に出発した!!!
その後、14時ちょうどにアバナ・ビエハでいったん停車したので、そこでバスを降りる。
宿へはここからの方が、絶対にバスターミナルからより近い。
ビエハからはメーターのタクシーを使って2CUCほどで宿には到着しました。
10分はかかっていないと思う。
宿からバスターミナルへ向かったときには6CUCだったから、随分と違う。
宿の入り口には偶然イルダのアパートの通路向かいに住んでいる人がドアを開けて待ってくれていた。
すぐに換金に向かう。
アバナ・リブレにあるバンコ・フィナンシエロに行った。
日本円はここでOK、しかし、ペソに換金するにはやはりコッペリアのところにあるカデカへ行かなければならないらしい。
両方換金し終えた後、ご飯しに行く。
3年前まで4年間よく通ったハンバーガーやサンドイッチの店はやはりつぶれてしまったようだ。
おいしかったのに残念だ。
その代わり、10年前まではよくビールを飲みに行っていたペソ払いの一杯飲み屋が同じ場所に復活していた。
銘柄はハバナのビール、ポラール。
一瞬、ベネズエラのポラールかと思った。
マークも北極熊だし。
飲んでいたら偶然アリエニイに会った。
ロベルティコやレオ、コキの従兄弟だ。
いつの間にか彼の子供達は3歳と7歳に育っていた。
日本で売り込んでくれって、音源を預かっているから何か心苦しい。
しかし、私一人の力で彼を日本に紹聘するには、まだちょっと力が足りない。
バンボレオの元ドラマーで現在日本に住んでいるルドゥイグの話が出た。
彼に私の連絡先を教えたのはアリエニイだそうだ。
おかげで楽しい思いをさせてもらっている。
それからレゲトンはもう古いぜって。
よく知らないうちに流行が過ぎてしまったか。
さらにサルサは今、最悪だとも言っていた。
あの1996~7年あたりがマックスだったよなって。
宿に帰って電話をかけまくる。
ミゲリートがいた。
この間は英国に行っていて留守だったが、つい先日キューバに帰ってきたようだ。
ブエナビスタのボンゴセロ、マエストロ・ロベルトの甥っ子だ。
色々と選択肢はあったけれど、ロベルト・コンセプシオンに会いに行く。
マノリートとラサロが競演しているDVDを見せてもらう。
やはりサルサはいいな。
そろそろおいとましようと思ったところ、家主のダニアから夕飯の誘い。
悪いな、と思いつつも頂いてしまいました。
美味しかった。
ロベルト・コンセプシオンが席を外している間に、彼の誕生日パーティーへの招待を受けた。
当日はロベルト・ビスカイーノやルイ・ロペス・ヌッサなど、キューバの著名ドラマーが勢揃いするって言ってました。
それはとても楽しみだ。
恩師ロベルト・コンセプシオンも明後日には70歳。
時が経つのは早い。
とはいえ、彼はまだ現役の教官だ。
キューバに定年はないのだろうか。
その後、しばしダニアの息子、クリスチャン推定5~6歳と相撲、柔道、空手、ボクシングごっこをする。
子どもは加減を知らないから、こちらは上半身裸になって汗だくだ。
チビのくせにいつの間にか私の事を「従兄弟」と呼ぶ。
オレって一体・・・。
そんなこんなしているうちに3時間も4時間も過ぎて、ロベルト・コンセプシオンとジャズカフェに行った。
ロベルト・コンセプシオンは相変わらずどこに行っても知り合いが多い。
ここでも挨拶の嵐だ。
この顔の広さが、彼の人徳を表している。
今日はオスカール・バルデス率いるディアカラが出る。
名前は知っていたけれど、ライブは初めてだ。
バタを取り入れたステージはまさしくアフロキューバンジャズそのものであった。
曲もバタ・フュージョンからポピュラーなソンまで取り入れられたものでバラエティーに富んでいて楽しい。
ライブは1ステージのみだった。
しばし色々と話をする。
そんな中で、ISA(キューバ国立芸術大学)の入学試験についてが話題に上った。
聞くところによると、ISA打楽器科の合格者数は毎年4~5人だと言う。
全国から入学希望者が集まってくるけれど、合格する者は首都ハバナ出身者が多いそうだ。
地方によって情報の差が極端だから、キューバの場合それも仕方のない事だろう。
実はISAの合格者数はもっと多いのかと思っていた。
自分の周りにたまたまISA出身者が多いので、入学はそれほど困難ではないだろうと思い込んでいた。
彼らは特別優秀だったのだ。
日本の東京芸術大学音楽学部打楽器科の合格者数は毎年3~4人ほどで、少ない時には2人、多いと5人、日本1億2692万(2000)、キューバ1115万(1999)という国人口との兼ね合いで考えれば、確率的には日本の芸大に入学する方がずっと困難に見えるけれど、キューバ人の音楽センスを考えると一概にそうとも言えないだろう。
どちらに入学するにしても相当な難関だ。
ちなみに現在、外国人の在籍は全学年でフランス人1名のみだそうだ。
一般にキューバに打楽器を習いに来る外国人は、打楽器のみを履修したがり、正式に大学へと入学するのは嫌がるとも言っていた。
気になる実技試験の内容はというと、任意の楽器を用いて自由に演奏するのみとの事。
これは簡単なようでなかなか大変ですよね。
捉えどころがない。
また演奏スタイルは、クラシックでもポピュラーでも良いというあたりがキューバらしい。
より素晴らしい演奏をした者が合格。
単純明快である意味分かりやすい。
確かにその人の演奏を聴けば、そのレベルは直感的にわかる。
言い表すのは難しいけれど。。
これでは受験技術なんて小手先の事は気にする必要がないし、また、通用しない。
受験者の持っている音楽そのもののみで合格を判断しましょうという事だ。
合格するには相当なタレントが必要だろう。
ライブから宿に帰ると、もう既に3時をまわっていた。
ハバナの夜は特別に遅い。
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