アントニオの家へ 11 julio 2007
今朝もハバナは快晴だ。
雲のかけら一つも見あたらない。
ここでは朝方から天気の悪い日など、ほぼ一日もない。
今日は朝10時にミゲリートのバンドがリハーサルをするという会場に出掛けた。
8 y Calzadaにあるカサ・デ・ラ・クルトゥーラへ。
多分リハーサルの開始時間は遅れるだろうと踏んで、11時の到着を目標にバスに乗った。
乗ったバスが交差点で乗用車とケンカになった。
乗用車のボンネットを開けると、なぜかそこには棍棒が用意されていて、それを手に取った男数人がバスの運転手めがけて押し寄せる。
運転手も悪かった。
ヒドい言葉を彼らに向けてマシンガンのように連射する。
一時はどうなる事かと思ったけれど、場は一応事なきを得た。
カサ・デ・ラ・クルトゥーラに到着すると、偶然にも歩いているミゲリートとばったり出くわした。
しばらく建物の前でダラダラと会話する。
そうして、エンサーヨ(リハーサル)はやはり11時過ぎに始まった。
伝統的なソンを演奏するグループだった。
先月はこのグループで英国に行っていたと言う。
ベーシストが北原実さんやファンカルロスと知人だった。
トランペッターはとても力強い音を持っていたが、とある日本人から随分と言葉を教えてもらったらしい。
12:15にエンサーヨは終わった。
家がこの場所からあまりに近いので、お別れの挨拶をしようとロベルト・コンセプシオンの家に出掛けてみた。
あいにくと彼はいなかったが、家の仲良し同居人が今日の15時よりベダドでコンサートがあるという。
しかも招待してくれるって。
今日はこの後ミゲリートの家に行く約束があり、その後にルバルカバの家に行く約束もある。
出来ればフロールやホアキンの家も訪ねたいし、それに夜にはアントニオの家に招待されている。
結局コンサート会場がマエストロの家にとても近い事がわかったので、ツアーバス?みたいなのにご一緒させてもらう事にした。
場所はLa Redというクラブだった。
ここで一度お別れをしてミゲリートの家へと向かう。
ミゲリートの家には弟のミッチェル、マエストロ・ロベルトにネルサ、それにミゲリートのお母さんレティや彼のガールフレンドがいた。
ミゲリートの部屋にはパソコンがある。
どうやらPCでレコーディングする環境を整えつつあるようだ。
E-muソフト音源のデバイス設定とか、色々と訊かれたけれど、正直私もそんなに強くはない。
しかしあまりにも基本的なミス、ミディコントローラーのUSBドライバーや動作ソフトはインストールされていたものの、音源のそれはまだインストールされていなかったので、それを伝えてその話は終わった。
音源ソフトのCD-ROMは今、手元にはなかった。
メモリー512MB、他ははっきりと思い出せない。
音楽をやるには最低1GBは欲しいと言っていたけれど、確かにそうだ。
他のプログラムを使う時には512MBもあれば充分だろうけど。
時間は迫る。
お別れする前にネルサがアイスクリームをご馳走してくれた。
それから今はスペインにいる元同居人たちに宜しくって。
もちろん私だって彼女たちとそうそう会えはしないけれど、Eメールで連絡を取る事は出来る。
彼らは以前、私が住んでいたアパートで隣の部屋に住んでいたのだ。
さて、再びLa Redへ。
楽団はダンソン、ソン、チャチャチャといった音楽を演奏するという。
もちろんバイオリン奏者やフルート奏者もいてなかなかに賑やかだ。
コンサートが始まって、少し飛び入りさせてもらったら、前の席に座っていたご婦人にとても気に入られたようで、その後彼女が何かと私に話しかけてくる。
あとで1stと2ndのあいだに、彼女もステージに立って詩を朗読したので詩人だとわかった。
コンサートが終わった頃、ロベルト・コンセプシオンがやって来た。
音楽がうるさくて会話がしづらい。
次の予定が迫ってきたので、ダニア達にお礼を言っておいとまさせて頂く。
その時、詩人にも挨拶をしに行くと、なんと彼女は私の唇にキスしてきた。
品の良い、賢そうな人だったけれど正直ちょっとひいた。
う~ん、しかしこれがキューバ。
ロベルト・コンセプシオンと一緒の帰り道、さらにDVDのおみやげを用意してくれたという。
かなりタイトなスケジュールだが、深夜それを受け取りに行く事を約束する。
いつもありがとう、ミ・マエストロ!
さてその後、休む間もなくエリサベスの待つルバルカバの家へと出掛ける。
どうなるかはわからないけれど、一応プロフィールを預かっておこうという事で。
バモス・ア・ベール。
彼女は以外にも器用に、私のW-ZERO3へと文字を打ち込んでゆく。
ちょっと意外だった。
結構出来るじゃん。
少しばかり話もした。
私になんとプレゼントがあるという。
明日の出発前にそれを受け取りに来る事を約束して、今度はアントニオの家へ。
3年振りのアントニオの家。
行き過ぎたりして少し迷いながらもなんとか辿り着く。
懐かしい家だ。
その昔、まだ学生だった同居人とよくこの家に遊びに来た事を思い出す。
アントニオのお母さん、妹、それから姪っ子がいた。
シルビア、イボン、クリスティアーナ。
典型的なコミーダ・クリオーヤをご馳走になる。
少し辛目の味付けをしたそぼろ肉にコングリ、アグアカテ、パーパ・フリータ、それにアロスなどなど。
最後にはエラドのデザート付き。
今日も無茶苦茶にビールを飲んでいる。
どうもハバナに来てからというもの、1日平均3リットル以上は飲んでいるようだ。
会う約束が1日に何度もあるから、これも致し方ない。
それに、ライブに行って飲み物を頼まないわけにもいかない。
かといって、私がそういった場でレフレスコを頼む事もポリシーに反する。
やはりビールだ。
でなければモヒートかダイキリ。
アントニオが最近買ったというコンピューターを見せてもらう。
CPU3GB、メモリー512MB、ハードディスク80GBとなかなかのスペックだ。
これで日本のアニメを見たり、カラオケを流して踊って歌いまくる、アントニオの意外な一面を見た。
今年キンセ・アーニョ(15歳)をむかえる姪っ子とデュエットしている。
振りつけ付きで。
オタクだな。
リビングには日本刀、鎧甲冑、その他諸々が飾ってある。
おまけに彼の部屋には大きな日の丸。
正直嬉しいね。
2004年に彼が日本に来たときのビデオなども見せてもらった。
彼にとって、また、私にとっても大切な思い出だ。
千葉にあるディズニーランド併設のバルで飲んだシーン、私のライブのシーン、等々。
話は尽きなかったけれど時計はすでに25時をまわり、これでさようならだ。
今は大使館の仕事があるから、彼が実際に日本へとやって来れるのは爺さんになった時だなって、寂しい話もあった。
明日はいよいよ帰国の途に着く。
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