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Agosto 2005 アーカイブ

Agosto 2, 2005

ブラジル、そしてナイジェリア  2 agosto 2005

 ブラジルへは行った事ありませんが、興味あります。しかもブラジル音楽、元々大好きなんです。特に和声の部分。

 メディアを通して伝わってくるところではキューバとも共通点がたくさんあるようです。なぜかというと、多くの黒人国民のルーツがキューバと同じだから。そして人種の混ざり具合が似ているから。
 アマゾン地方とか、地域によってはこちら黄色人種が濃くなるのでしょうけど。
 ちなみにキューバの先住民は殆どその血筋を絶たれてしまっているようです。私の知り合い中では、わずかに一人だけがタイノ族の血をひいています。

 しかし、音楽の起源に深く分け入ってゆくには、結局ルーツを辿らないとダメなのでしょうか。
 
 そうなってくると是非ともナイジェリアには行ってみたいです。キューバで知り合った多くの人達が、この国と周辺各地域にルーツを持っています。あとはコンゴ、アンゴラ。

Agosto 3, 2005

そういえばハイチ・・ 3 agosto 2005

 そういえばハイチも行ってみたい国です。
 キューバの東隣に浮かぶ、イスパニョーラ島をドミニカ共和国と分け合う形でその西側に位置していて、住民は黒人90%、ムラート10%。
 
 黒人によるハイチ革命によって人口がキューバ東部にどっと押し寄せ、その時ハイチの音楽も一緒にキューバへと流れてきたようです。

 キューバ東部の都市を巡って、当地の音楽と出会ってゆく中でその関係の深さに気付きました。ハイチにルーツを持つリズムや形式がキューバ東部にはとても多いのです。

 ハイチの音楽、それは原初の形態をとどめているのか、それともキューバとはまた別の、独自の洗練を遂げているのか、とても興味があります。CD一、二枚聴いてもよくはわかりませんからね。

Agosto 4, 2005

CUBANA(キューバ航空)の安全性 4 agosto 2005

 キューバ航空は飛行中に機内が白い煙に包まれたり、椅子が崩れたりするのを笑い飛ばして利用していましたが、本当に危ないみたいです。

 先日、とある資料を見つけてしまい、それによると世界で二番目に事故死亡率の高い、アフリカはジンバブエ航空の八割増しくらいで事故死亡率が高く、断トツの世界ワースト1です(但し旧ソビエト諸国等、同じく怖そうな一部の国を除く)。

 例えば日本においては年間約百万回の飛行機発着があり、それに換算すると年間25回の航空機事故にもなるそうです。四万便に一回の割合で事故が起きています。

 キューバ航空の運賃は安めですが…ちょっと怖くなりました。

Agosto 5, 2005

鈴木宗男氏の手記を読んで 5 agosto 2005

 ずっと前からマスコミの偏向報道のひどさに問題を感じていた、鈴木宗男氏の手記を読む機会に恵まれました。

 彼の立場を考えれば、どこかへ逃げるはずもないのに、一年以上にも渡って東京拘置所に拘留されていたそうです。
 さぞかし大変な事だったなと思いました。

 私も彼が何をしたのか、真実は知りません。が、しかし、まだ控訴審中であり、罪の確定していない人を「悪」と断じてしまう多くのマスコミや、それをそのまま受け取ってしまう大衆には非常な不安を感じます。まして疑惑のみで興味本位に叩かれ始めた当時の偏向報道と大衆のそれに対する反応は、立憲国家日本のものとしてはあまりにもひどかった。

 心象に左右されずに今、事実のみを冷静に判断の材料とすれば、そもそものスキャンダルや、一審での検察側へ一方的に有利な証拠採用のあり方などは不当であるかなとも私は思いました。

「反乱」鈴木宗男-ぶんか社

Agosto 6, 2005

広島の日  6 agosto 2005

 米国が広島に原爆投下してから、60年が経ちました。

 西暦1945年8月6日。

 歴史的無差別大量虐殺の日として、これからも世界史に残ってゆく事になるでしょう。

 過ちは二度と繰り返さないように、私達一人々々が高い意識をもって問題に接し、考えてゆかなければなりません。

 なぜ原爆は日本に落とされたのか。

 ドイツがユダヤ人に対して犯した罪はあれだけ責められるのに、なぜこの米国の犯罪は咎められないのでしょう。

 終戦直前には既に停戦交渉も始まっていて、また当時の戦況から見ても、たんに米国が勝利する為にだけなら日本に対して原爆を落とす必要はなかったはずです。
 当時の世界情勢を考えればSSSR(ソ連)を牽制する為にどうしても落としておきたかったという事もあるでしょうし、実際の市街地を使ってどういった被害が出るか、実験をしたかったという事もあるでしょう。
 しかしこれは当時の国際法から見ても、また、単に人道上の観点から見ても絶対に許されるべくもない犯罪だったはずです。

 犠牲者の方々に追悼の意を捧げ、争い事のない世の中に少しでも近付くよう、微力ながら取り組んでまいりたいと思っています。

Agosto 8, 2005

「民主主義」を疑ってみる 8 agosto 2005

 「民主主義」という現在の政治システムはまず100%近い人に支持されているでしょう。

 しかし、私は「民主主義」に対していくらか懐疑的な心情も持ち合わせています。

 過去にヒトラーのごとき人物が紛れもない近代民主主義から生まれ、またフランス革命後のロべスピエール政権も近代民主主義から生まれました。
 そのフランス革命にしても、いくつかの点において随分と野蛮なやり方を含んでいるように思いますし、また、ローマは民主主義から衆愚政治に陥りました。ギリシアの陶片追放も民主主義です。

 今の政治にも危機を感じます。
 
 見た目の良さや耳に心地よいキャッチフレーズに投票していませんか?
 
 政治の選択が、かなりのパーセンテージで政治家の人気投票にすり替わっているように思えてなりません。

 近代民主主義の重鎮、ルソーはまた近代教育学の祖でもありますが、その著作において、良い民主主義の実現には市民の教育が不可欠である、と述べています。

 今の日本の状況を作っているのは政治家の責任のみではないと思いますよ。

 民主主義をきちんと機能させるためには、有権者である、あるいは有権者予備軍である私たちが常に勉強していかなければなりません。

 今年二十歳を迎え、今回初めて投票する方もおいでになるでしょうけれど、じっくりと政治を見つめてみて下さい。政治家の誰が何を言っているのか。それは正義であるか。理想だとしても実現可能な政策に感じられるか。等々・・・。

Agosto 10, 2005

「潮騒」 10 agosto 2005

 ずっと以前に一度読んでいた事をすっかり忘れていて、つい再び買ってしまった「潮騒」。しかし読んでよかった。この小説の持つ完璧な構成美が、私の頭の中で音楽のように鳴り響きました。

 テーマは、一点の曇りさえも持たない純愛でしょうか。

 伊勢にも程近い、小説の舞台となった神島を訪ねてみたくなりました。

 しかし彼、三島はなんと多面的な世界を持っているのでしょうか。例えば「美徳のよろめき」と「憂国」、それにこの「潮騒」の三つが、なんと全て同じ作家の手によるものかと思うとちょっと信じられないくらいです。

「潮騒」三島由紀夫-新潮文庫

「美徳のよろめき」三島由紀夫-新潮文庫

Agosto 11, 2005

白馬岳で落石 11 agosto 2005

 北アルプスの白馬岳、大雪渓の上部で昨日、かなり大きな落石があったそうです。

 以前この山に登った時にも、小規模な落石には遭遇した事がありました。
 その時はおそらく経験を積んでいるであろう登山者の「落ー!(らくー)」という声が辺りに響き渡ったのを覚えています。

 登山とは一見ただ登るだけ、歩くだけと安直に見えてしまいがちなスポーツですが、大自然を相手にしては万が一の事が起こり得るので、常に注意を払わなければ命に関わる事も起こり得ます。
 先述の落石や天候の変化、それに熊などの猛獣、水や食料の確保、そして登山道を不用意に外れぬよう、滑落せぬよう充分な注意が必要かと思います。

Agosto 13, 2005

「南京事件」日本人48人の証言 -阿羅健一著- 13 agosto 2005

 最近話題になる事が多い、隣国中国が持つ反日感情の大きな基盤となっているこの事件を、事実の裏付けをもって歴史に位置付けるのは、真の日中友好に必要ではないでしょうか。

 この本では1937年12日12日前後の当時の首都、南京にいた日本人の証言をまとめたもので、物証とはまた違う観点からの第一級資料と言う事が出来るものかと思います。

 歴史をことさらに悪しく評価するでもなく、また美化するでもなく、当時その人達が南京で見て来た事柄が淡々と綴られています。その中からはどういった事柄が真実であったのか、見えて来る事でしょう。

 捏造された歴史の流れには乗りたくありません。今、歴史教科書の記述が外交問題になってしまうのも、確かな資料による歴史の検証がなされないままの発言がなぜかそのまままかり通っているところに大きな原因があると思います。

「南京事件」日本人48人の証言-阿羅健一著・小学館文庫

Agosto 14, 2005

首相の靖国神社参拝 14 agosto 2005 

 ポツダム宣言を受諾してから60年が経とうとしています。

 さて何かと話題の、明日予想される小泉首相の靖国神社参拝、氏の言動を聞く限りではなさらない方が良いのでは、と思っています。

 そもそもの動機は鹿児島県にある知覧特攻平和記念会館を来訪した際、特攻隊員の遺書を読んで感銘を受けた事にあるそうです。氏の受けた感動の内容を大まかに要約すると「無念の気持ちで、はからずも意に反して南海の海に散って逝った彼等がかわいそう」との事ですが、彼等の遺書を素直に読んだら到達しえないところのように思えます。
 そして、そのような気持ちで参拝されたのでは、彼等も決して浮かばれる事はないでしょう。

 私は彼らの遺書に、彼等の持つ高い精神性を感じました。仕方なく行くというのでもなければ、それらは無理やり書かされたという内容でもないと思っています。普通の読解力をもって素直にこれらを読めば、そういう事になると思います。
 まだ若いのに、皆さん達筆であり、作文、内容共にしっかりしているのには驚かされます。
 
 これら特攻隊員の遺書は先述の平和会館の他、靖国神社併設の資料館や、鹿屋をはじめとする全国にあるいくつかの自衛隊付設の資料館でも読む事が出来ます。特攻といえば零戦でのものが有名ですが、潜水艦回天によるものもありました。回天の基地跡は周南市の大津島にあって資料館も併設されておりますが、こちらは徳山港からのフェリーが本数少なく不便なので、相当狙って行かないとたどり着く事が出来ません。と、以前は不便だったのですが、今リンク先で確認したところ大分便利になったようです。

 例えば広島に行ったのでしたら、有名な原爆資料館と共に、せっかくですから江田島の資料館もあわせて訪ねてみると一層平和への理解が深まる事と思います。ここは以前、世界三大海軍兵学校として知られていたところで、戦後失なわれてしまった公共心が今でも生きているように思います。旅行の日程に組み込めば、自衛官のさわやかできりっとした態度ともあわせて、何がしかの感銘を受けるに違いありません。

 ところでその参拝、にわかに降って湧いた衆院選挙によって、今は首相の胸中それどころではないかもしれませんね。

Agosto 15, 2005

終戦の日に思う 15 agosto 2005

 毎年この頃になるとテレビ・新聞を始め、全メディアをあげて反戦・平和番組のオンパレードとなる。しかし、その主張するところは常に「戦争は悲惨だ。だから・・・」であり、「戦争は悲惨だ。だけど・・・」と考える内容のものはほぼ全くと言ってよいほどない。これは平和教育として、著しく片手落ちではないだろうか。
 
 反戦・平和、それは是非とも守っていきたい理想ですし、戦争をしたい人なんて、それこそ誰一人としていないものと信じます。また、戦争の残酷な面を取り上げて、それがどれほど嫌なものであるか、と想像出来るようにする事は大切であると思います。

 しかし一方で、国家間には、一国における確固とした三権というようなものがなく、言わば世界は無法地帯であるという事も認識しておかなくてはならないとは思いませんか。
 この世界が連邦制にでもなり、世界憲法を持ち、どの国からも、またその世界連邦政府からも独立した司法を確立し、すべての国がそれを批准し、それに従うところとでもならない限りは実際のところ世界は緩やかな無法地帯ではありませんか。
 国連は結局米国のイラク侵略を止める事は出来なかった。なにせ今の「国連」と戦中の「連合国」は、日本語の訳が違うだけで同じものですしね。

 例えば日本人を平気で拉致する北朝鮮のような国を隣に持つ現実があります。しかし彼らは世界がいまだ緩やかな無法地帯であるが故にきちんと裁かれる事もありません。
 かの国の持つ核ミサイル「労働」の矛先は、かの国の仮想敵国日本にも向けられています。そしてこれら我が国の隣国、北朝鮮、韓国、中国は全て徴兵制を持っています。また、各国とも、歴史を歪曲してまでの反日教育には凄まじいものがあります。

 憲法九条を掲げて不戦の誓いをしてみたところで、戦争というのは相手のあるものですから、一方的にふっかけられる可能性についても検討してみる必要はありませんか。
 もし、私たちの意に反して戦争を仕掛けられた時、私たちは自分の家族、友人、恋人、隣人が虐げられるのをただ手をこまねいて見ているだけ、というシチュエーションに耐えられるでしょうか。またその場合に貫く非暴力とは真に道徳的足り得るのでしょうか。

 マスコミの報道は大抵そういった事柄からは目を背けているように感じます。しかし、これらについて真剣に考える事は、これもまた平和への道筋を指し示す事ではないでしょうか。
 戦争について真剣に考えれば、それを抑止する手段・方法も幾通りか思い付くはずです。
 
 戦争を未然に防ぐ為には自国の平和教育とバランスを取るべく、他国に対する働き掛けも大切ではありませんか。
 これらの国々に対して、歴史を歪曲してまでの反日教育はやめてもらったり、徴兵制はこのご時世に如何がなものかと廃止をせまり、また武器を捨ててもらうよう働き掛けする事は、これもまた有効な平和への手段ではありませんか。中国、北朝鮮の核保持なども、もっての他ですよね。
 
 しかし、なぜか世界平和を叫ぶ多くの日本人がこれらの国々にある、戦争の芽を積極的には積もうとしていないように見えます。
 例えば南京事件の事、例えば戦中の慰安婦の問題等、私達が積極的に歴史の真実を相手に伝え続ける事が、これもまた平和への道に繋がるのではないでしょうか。もちろん、学術的な検証によって私たちが責任を取るべき事実が確定されるのであれば、それについては責任を取るべきである事は言うまでもありません。

 とは言え、おそらくこれらの働き掛けはこれらの国にすべて内政干渉だと一蹴されてしまうでしょう。残念ながら世界は今のところ戦争を外交の延長、その一手段として認めていますしね。

 私達は自然から多くの事を学びますが、その自然界は等しく弱肉強食で成り立っている事が、色々な事象の観察からわかります。人間のみがその法則をはずれ得ると考えるのは、私たち人間の驕りではないでしょうか。ただ、人間は弱いものをいたわる事が出来るけれど。

 自然界の法則に照らしてみれば、他国に食われない為には、抑止力として何がしかの「力」が必要となりませんか。強い防衛力を持つ事が相手の行為を思い止まらせる事に有効であるとは考えられませんか。
 非武装・無抵抗でこちらが弱くなっても、決して戦争の不安はなくならないでしょう。むしろ武装して、相手に付け入る隙を与えない事が平和につながるのではないかとは考えられませんか。

 一般的に言って、隙があると犯罪に巻き込まれやすいという事は、国と国の関係の中においても普遍性をもっているように思われませんか。
 非武装で国防に隙を作るのは、その理想とは裏腹に、むしろ有り難くない戦争を呼び込んでしまうのではないか、とは考えられませんか。

 憲法九条を掲げていたからこそ、戦後ずっと平和であったと人々は言うけれど、それはそうではなく、今は在日米軍の存在が抑止力となっているからであると考えるのが、より自然で合理的ではありませんか。
 
 平和への歩みも、色々な方向から考える事が出来ます。物事の特別性を神聖視せずに、万事の普遍性から答えを導き出す方法もありますね。

Agosto 16, 2005

「ナショナリズム」 16 agosto 2005

自分を大切に思う事。
お父さん、お母さん、兄弟・・家族を大切に思う事。
友達を大切に思う事。
恋人を大切に思う事。
クラスを大切に思う事。
地域を大切に思う事。
国を大切に思う事。
地球を大切に思う事。

すべて気持ちの向きは同じですね。

なぜ国を愛する気持ちだけが「ナショナリズム」と呼ばれて否定的に捉えられなければならないのですか。

国を愛する心を忘れて世界に夢を馳せても、それはいびつな形だとは思いませんか。

気持ちというのは、自分を中心点として間断なく波紋のように外界へと拡がってゆくのが、円満で、美しいかたちではありませんか。

自分の生まれ育った故郷や国の事を大切に思うのは、そうしないよりも自然で健全な事ではありませんか。

そんなに私たちの国、日本は愛するに値しないものなのでしょうか。

オリンピックやサッカーワールドカップの応援に垣間見える健全なナショナリズムを感じる時、私は少し安心します。

Agosto 18, 2005

ホップの香り 18 agosto 2005

 ホップを嗅いでみた。
 
 今まで書物において、これが上質なピルスナーのもつ香りを放つものだと知ってはいたけれど、なるほどその通り。
 
 岩手の遠野市が日本では最大の産地であるらしい。
 
 昨年くらいから大手メーカーも小瓶で上質なピルスナーを販売するようになって、ビール党の私には嬉しい限りです。
 
 チェコのピルゼン地方にルーツを持つ、世界で最も飲まれているタイプのこのビールは、つい最近までその上質なものに巡り会うのにはマイクロブリュワリー製の物の中から品質を見極めて選ばなければならず、中々難しかったのです。

ホップ
ホップ

Agosto 20, 2005

高校生時代、授業中の一コマ 20 agosto 2005

 当時「倫理社会」という授業があり、その中でW先生が生徒全員に目をつぶらせ「自衛隊は必要であると思う人は手を挙げなさい」と言われた事がありました。
 私は自衛隊が必要である、というのは、当時議論する余地もないくらい当然の事だと思っていましたので、もちろん手を挙げました。
 そして挙手中、クラスメートがどんな考えを持っているのか非常に興味があったので、禁を犯しそっと教室を眺め回してみたところ、なんと・・・賛成の手を挙げているものは四十数人中自分を含めてわずかに三~四名ではありませんか。
 この、私とクラスメート大半のあいだにある認識のズレには衝撃を受けました。

 よくよく考えてみれば、それまで政治の話なんて友達同士でした事もないのに、漠然と、みんな自分と同じように考えているだろうと思っていたのです。
 新聞は小学校二年くらいから社会面を読んでいた記憶がありますが、まだまだ憲法改正を言う事さえ憚られた時代でした。
 今は少しばかり世論が、私の思っているところの方向に傾いている事を思うと、感慨深いものがあります。
 
 しかし当時の先生方の事を振り返ってみると、後々の人生にまで示唆を与えて下さるような背中を見せていた方々で溢れていたように思います。千葉県立長生高等学校・・我が母校ながら、実に人間味に溢れた教育の現場であったと思います。
 先述のいつも温和であったW先生、「地学はロマンの学問である」と興味対象への限りない愛情を見せて下さったN先生、本田勝一と山が大好きで快活だった K先生、ヨーロッパ中心でない世界史観を見せて頂いた当時独身貴族T先生、日教組の闘士であった○先生(日本史など教科書に載っているような内容には当時すでに飽きて興味が持てなかったのに、氏の授業にはホント引き込まれ、いつもいつの間にか講義に聴き入っていました)、苦手な数学でよく当てて頂いた○先生、いつも面白い洒落を教科の内容に絡めて、一つの授業の在り方を示した下さった○先生等々。
 こうして時を隔てて財産として残るものって、教科の内容は勿論ですが、恩師の生き方を見る事にあったのかあと、今さらながらにして強く思います。

Agosto 21, 2005

「マリファナ青春旅行」上・下-麻枝光一著 21 agosto 2005

 「麻薬」をキーワードにして世界の事情がよくわかり、中々楽しい紀行文である。私はまったく麻薬に関係した事はありませんが(笑)、なるほど、違法なところではこんな世界もあるのですね。

 世間では絶対悪視されている麻薬の危険性について、おそらく殆どの人が無知なままに「ダメなものはダメ」と考えているかと思いますが、それがなぜ社会に受け入れられないものであるのかについて、まっさらな目で事実を捉え、それについて考えてみる必要はあるでしょう。

 この本での「麻薬」に対する考察は、滅多に目にする事の出来ない、麻薬体験者自身が書いた著作物であり、その見識は一聴に値するでしょう。マリファナ等、体にはまったく無害であるのになぜ摂取禁止になっているのか、著者は現在の社会常識に反して一部の麻薬を肯定的に捉えています。

 結論から言えば、私は人体に無害で依存性もないマリファナ等の麻薬にさえも「NO」の立場ですが、それは社会に及ぼす勤労意欲の減退が無視出来ないのと、幻覚が時としてもたらす精神の錯乱状態が犯罪を誘発しかねないと思うからです。
 
 しかし、物書きにはなんでこんなに日本嫌いの人が多いのかなあ・・・。

「マリファナ青春旅行」麻枝光一-幻冬舎アウトロー文庫

「マリファナ青春旅行(下)」麻枝光一-幻冬舎アウトロー文庫

Agosto 22, 2005

「野火」「俘虜記」-大岡昇平 22 agosto 2005

 なぜ戦争をしてはならないのか、戦争の現場とはどんなものであるのか、これら作品は戦争の悲惨な面を読むものに伝えてくれる。

 今、私たちが生きる社会の縮図であるかのように、軍の中においても犯罪は起こり得るものであり、その現実は苛烈であろう事をよく知らしめてくれる。
  
 「野火」は、死と紙一枚隔てて隣り合わせにいる主人公の、その心の動きを精緻にあらわした素晴らしい作品である。「俘虜記」はもしかしたらいささか退屈に感じる人もいるかもしれない。

 今年、お隣の国々の持つ反日感情の凄まじさを見せつけられた今であるからこそ、これら作品を今一度読み直してみるのも意義深い事でしょう。いざ戦争が始まってしまったら、大変苛烈な現実が待っているのです。これら小説に書かれているような肉弾戦の可能性はもう現代の戦争においては少ないかもしれないけれど。
 
 私たちはあるゆる手段を講じて戦争を回避しなければならない。彼らと手を取り合って生きていかなければならない。事実に基づいて、戦争の火種となるような事案を早急に解決しなければならない。
 なぜこういった事柄が今回選挙の大きな争点とならないのか、私には不思議でなりません。

「野火」大岡昇平-新潮文庫

「俘虜記」大岡昇平-新潮文庫

Agosto 23, 2005

いまさら細田官房長官発言  23 agosto 2005

 近頃の政府はおかしな発言をする。官房長官発言によれば、「東京裁判」を政府として受け入れているそうである。だが、それは真実ではないと思われます。

 まず、サンフランシスコ講和条約の調印によって日本の主権は概ね回復されましたが、その後間もなくの昭和28年5月の第16回国会において社会党の堤ツルヨ議員の発議により、野党社会党も含めた全会一致で、戦争裁判の戦犯とされた人たちを無罪と認定した事実があります。それには4000万国民もの署名が集まった事も大きかったでしょう。

 そのサンフランシスコ講和条約の内容ですが、日本は東京裁判判決の効力は受け入れましたが、東京裁判そのもの、その価値判断を受け入れたわけではありませんね。
 英語、西語、仏語のものが正式であるという、そのうち英語での原文をご覧下さい。問題となっているのは、Article 11です。

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19510908.T1E.html

 日本が受け入れたのは極東軍事裁判の裁判結果「judgments」であり、裁判「trial」ではなかった事がご理解頂けると思います。当時連合国側でさえその不当性を認めていたほどの軍事裁判でしたから、日本政府が主権回復の後、戦犯に対する不当な刑執行に対して何らかの補償を連合国側に求める事態を怖れて、この一文を条文として入れたようです。

 もとをたどってみると、日本がポツダム宣言を受諾して降伏したところから始まります。これを日本の「無条件降伏」だと私も教科書で教えられ、そう思っていましたが、よくよく調べてみれば、日本が受諾した「無条件」とは、前線の軍隊が「無条件に武装解除する」という事であり、日本の降伏はポツダム宣言に書かれている条件を受け入れた「有条件降伏」ではありませんか。ヒトラー等、政府の中枢人物が自殺し、また首都まで占領されてしまったドイツの無条件降伏とは立場を異にするものであります。そして、その条件の中に戦犯を裁く法廷を開く、というものがあったわけですが、当時の日本政府はこの法廷が当然当時通用していたジュネーブ条約等の国際法に沿ったかたちで裁かれると思っていたわけです。しかし、現実に行われた裁判は事後法を持ち出してきたり、事実誤認も多い非常に不当なものでした。そういった経緯があるので、サンフランシスコ講和条約によって主権を回復した日本は、その後の国会において直ちにこの裁判を無効としたわけです。

 いつの間にか、たかだか50年ほど前の歴史事実も見えなくなってしまうものなのですね。
 そういった経緯から、いわゆるA級戦犯とされてしまった方々の事を軽々しく犯罪者扱いするのは謹んでいかなければならないと思います。
 
 『東京裁判は国際法上違法であった』とする森岡前厚生労働大臣政務官の発言は、まったく正しい歴史認識に沿ってなされたものといえるのではないでしょうか。
細田発言を肯定する人の多くは、当時の外務省が意図的かどうかはわかりませんが、誤訳した日本語によるサンフランシスコ平和条約の第11条条約文を根拠にして物事を判断しているように思われます。
 是非原文に当たってみて下さい。

Agosto 24, 2005

パール判事の日本無罪論 24 agosto 2005

パール判事の日本無罪論 24 agosto 2005

 これを読めば大東亜戦後の東京裁判が無効で被告は全員無罪であり、またそれが世界の法学会での定説でもあるという事が、よくわかります。
 当書の主役、ラダ・ビノード・パール氏はカルカッタ大学の総長であった当時、東京裁判の判事の一人として日本にやってきました。
 また戦後の国連においても国際法委員会長を務めるほど、国際的に信頼を集めた方です。
 
 みなさん東京裁判の判事11人はすべて、裁判官たる資格を持っていた人と思っていませんか。実態はかなり怪しいもので、判事の中には連合国側の軍人さえも含まれていました。またウエッブ裁判長は検察官兼任だったようです(有り得ない!!)。これらの事実を持ってしても、この裁判は勝者が敗者を裁いた茶番である、という事が言えるのではないでしょうか。
 また、正義と勝敗は別物であるはずなのに、戦勝国の側の犯罪、例えば原爆投下の平和に対する罪などは全くもって検討もされませんでした。
 いわゆるA級戦犯の中には「平和に対する罪」で処刑されるのではなく、むしろ、その意志や活動実績から「平和に対する貢献」で表彰されるべきであったとも思われる松井石根氏のような方も含まれています。連合国も、松井氏については起訴した十の訴因のうち、実に九つまで無罪とせざるをえませんでした。また、重光葵氏などは戦後日本の国連加盟時には日本国外相として世界から拍手喝采で迎え入れられたものです。広田弘毅氏も平和論者でした。
 
 私がくどくどと説明するよりも本の巻末にあった、当時の識者達の、東京裁判への見識を載せておく事にします。

世界の識者が見た東京裁判

《東京裁判関係者》
●ダグラス・マッカーサー(米・連合国最高司令官)
日本は、絹産業以外には、国有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もしこれらの原料の供給が断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。一九五一年五月三日、米国議会上院の軍事外交合同委員会の答弁にて『東京裁判日本の弁明』より)

●C・A・ウィロビー将軍(米・GHQ参謀第二部長)
この裁判は歴史上最悪の偽菩だった。こんな裁判が行われたので、自分の息子には軍人になることを禁じるつもりだ。・・・〔なぜ東京裁判に不信感を持ったかと言えぱ〕日本が置かれていた状況と同じ状況に置かれたならば、アメリカも日本と同様戦争に訴えていたに違いないと思うからである。(東京裁判終結後、離日の挨拶に訪れたレーリング判事に対する言葉・ベルト・ファン・A・レーリング「The Tokyo Trial and Beyond」

●ベルト・ファン・A・レーリング判事(蘭・東京裁判オランダ代表判事)
国際裁判所が、正義に基づいて処罰を加えることを求められているにもかかわらず、自ら正義の法理を適用しているか否かを審査する機能や義務さえ与えられないで、単に戦勝国の最高司令官の定めた法規を適用しなければならない。かようなことを本裁判所が認めるとすれば、それは国際法のためにこのうえなく有害なことをしたことになるだろう。(「勝者の裁き」)

●ウエッブ(オーストラリア・東京裁判裁判長)
私は日本が九千万人の住む小さな土地で耕作できる面積はそのうち十五パーセントにすぎず、外部から激しい貿易制限や規制を受けていたとの弁護士の論述に多くの正論と酌量の余地を認めた。
 私は米国なり英国なりが同じ様な状況におかれたらどのように反応したか、それどころか国民がどのような反応をすることを望んだかを考えてみた。米国も英国も日本が一九四一年におかれたような状況におかれれば、戦争に訴えていたかも知れないのである。(「天皇の陰謀」)

《政治家ほか》
●ハーバート・フーバー(米・元大統領)
もしわれわれが日本人を挑発しなかつたならば決して日本人から攻撃を受ける様なことはなかったであろう。(『東京裁判日本の弁明』)

●チャールズ.リンドバーグ(米・飛行家・大佐)
ドイツ人がヨーロッパでユダヤ人になしたと同じようなことを、我々は太平洋でも日本人に行ってきたのである。・・・地球の片側で行われた蛮行はその反対側で行われても、蛮行である事には変わりが無い。「汝ら人を裁くな、裁かれざらん為なり」。この戦争はドイツ人や日本人ばかりではない、あらゆる諸国民に恥辱と荒廃とをもたらしたのだ。(「孤高の鷲〈下〉―リンドバーグ第二次大戦参戦記」)

●エドウィン・O・ライシャワー博士(米・元駐日アメリカ大使・ハーバード大学教授)
軍事法廷はかく裁いた。だが歴吏は、それとは異なる裁きを下すだろうことは明らかである。(「将軍の裁判マッカーサーの復讐」日本版裏表紙に寄せた文章より)

●毛沢東(中・中国共産党主席)
〔昭和三十九年、社会党の佐々木更三委員長が、毛沢東主席に「中国国民に多大の損害をもたらして申し訳ない」と挨拶したところ〕伺も申し訳なく思うことはありませんよ、日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらしました。中国国民に権利を奪取させてくれたではないですか。皆さん、皇軍の力なしには我々が権利を奪うことは不可能だったでしょう。(『毛沢東思想万歳』(下))

●トウ小平(中・中国共産党副主席)
日本は中国を助けた事になっている。・・・日本が蒋介石を重慶まで押し下げてくれたので、我々は日本軍の占領地域の後方に広がった。・・・皆さんだけを責めるのは不公平だと思う。(「中国との友好交流二十年の感想」三岡健次郎 平戒七年六月三十日 中国政経懇談会)

●K・R・ナラヤナン(インド・大統領)
博士の有名な反対判決は、勝者側の偏狭なナショナリズムと政治的復讐とを退け、それよりも平和そして国家間の和解と親菩のために努カすべきことを説いた、感銘深い呼びかけでありました。
博士はまた、そのように行動されたことにより、インドと日本との友好と理解のシンボルとなったのであります。(一九九七年十月十六日 京都のパール博士顕彰碑建立の際に寄せたメッセージ)

《法律専門家・学者》
●プライス(米・陸軍法務官)
東京裁判は、日本が侵略戦争をやったことを懲罰する裁判だが、無意味に帰するからやめたらよかろう。なぜならそれを訴追する原告アメリカが、明らかに責任があるからである。ソ連は日ソ中立条約を破って参戦したが、これはスターリンだけの責任でなく、戦後に千島、樺太を譲ることを条件として、日本攻撃を依頼し、これを共同謀議したもので、これはやはり侵略者であるから、日本を侵略者呼ばわりして懲罰しても精神的効果はない。(一九四五年十二月のニューヨーク.タイムズ紙にて『東京裁判の正体』)

●カール・ヤスパース(独・哲学者)
私はどう考えても、一つの民族だけが、戦争の責罪を負わなければならない義務はないと思う。
゛自分には罪はない"などというのは、薄っぺらで、ごまかしの道徳意識だ。これこそひとリよがりというものだ。その証拠には、彼らはすでに、次の戦争の準備をし、これを促進しているだけではないか。
…いっそ明白なる暴カの方がましである。その方が正直で我慢しやすい。そこに存在したものは戦勝国の強権ばかりであった。それは人類の将来の平和のために、無益なばかりか、極めて有害な存在となった。(『戦争の責罪』)


「パール判事の日本無罪論」田中正明-小学館文庫

Agosto 25, 2005

その手はイカンザキ! 25 agosto 2005

 神崎氏の事は正直どんなお人柄なのかよく存じ上げませんが、なぜか個人的には親しみを感じております。
 「その手はイカンザキ!」、実に愉快で楽しい言葉遊びである。秀逸である。これが芸能の世界だったら私も手放しで喜んでしまうだろう。

 しかし、内容を置き去りにしてアピールする広告の手法は如何なものでしょうか。今回、たまたま神崎氏の事が思い出されたので、たまたまに取り上げてしまいましたが、殆どの政治家の選挙運動に見られる、街中を宣伝カーで名前を連呼するのみの騒音まき散らしは、国民をバカにしていませんか?自らの政見を演説するならまだしも、です。
 握手会とか・・・実に馬鹿馬鹿しいものです。

 新党「日本」の結党発表記者会見も笑えました。もしかして、この人達は何かの風刺として、これをシャレでやっているのかと思いました。
 新党「日本」、その政治的信条はまだよく存じ上げませんが、あのパフォーマンスには「その手はイカンザキ!」のエスプリさえも感じられなかった。党名にしてもその昔「日本新党」ってありましたが、何か関連性があるのでしょうか(笑)。

 私たち有権者の側も、政治家にバカにされないようにしっかりと見識を磨かなくてはなりませんね。
 
 そういえば選挙ポスターって、どこの政党の人でも選挙終わった後張りっぱなしですね。
 細かい事ですが、いつも気になります。

Agosto 26, 2005

蘇我氏 26 agosto 2005

 奈良県明日香村の島庄遺跡で昨年見つかった飛鳥時代の豪族、蘇我馬子の邸宅跡とみられる建物群の全容がほぼ判明したそうです。
 
 蘇我氏といえば、歴史に残っている有名な名前は「稲目」「馬子」「蝦夷」「入鹿」です。どれもあまりよい名前ではありませんね。これらの名前はたぶん彼らの死後、政権を取った側の手によって彼らを辱めるために改名されたものでないかと思っています。
 歴史は勝者によって語られる事が多いですから、後世にはそんな名前で残ってしまったのでしょう。
 どこかに残っていませんかね、本当の名前。ちなみに、入鹿の本名は「大郎鞍作」であるとする説もあります。

Agosto 27, 2005

政府のつとめ  27 agosto 2005

 選挙も近いことですし、国に政府というものがある事の意味を考えてみたくなりました。

 なぜ政府が必要かというと、国民のための仕事のうち、利害関係の中でしか動く事の出来づらい民間企業がやれないような、言い換えてみれば、まるで儲からないような仕事を国民の総意のもとに託し、それらを執り行っていただく事にあると思います。

 特に柱となるのは、国民の安全の確保、治安の維持という辺りの仕事ではないでしょうか。
 それと正しい意味での機会均等と平等を作る事。

 国の存亡に関わる切実な問題としては、今は何といっても人口減少を止める事と、国防をしっかりする事かな、と思っています。
 極端な話、誰も子どもを産まなくなれば100年しないうちに国は滅亡します。
 また、国防をなさねば不要な戦争を呼び込む事になりかねません。
 犯罪の検挙率が目を覆うばかりに低下している現在、警察官の大幅増員は仕方無しに必要でしょう。

 また国民のあいだに機会均等を作る事は、非常に大切な国のつとめでしょう。これは結果の平等を求める事ではありませんよ。結果の平等を求めると、それはむしろ社会の活力を奪い去ってしまうのはキューバなんかを見ているとよくわかります。一時児童・生徒に客観評価を与えないごときが流行りましたが、恐ろしい事です。生存する、という事の真理には厳しいものがありますから。また、性差をわきまえない、いたずらな平等も、生命の道理からはずれやしないかとヒヤヒヤものです。

 郵政や道路行政も公共性の高い仕事ですね。寒村にサービスをしくことは儲けにはならないでしょうけれど、これもやはり社会の公平のためには必要な事ではないでしょうか。
 何だかんだと言っても、田舎の僻地に銀行はありませんからね。郵便局はあるんです。郵便局が地域の利便性に多大なる貢献をしているのはまちがいありません。友人に郵便局をやっているものもありますが、話を聞いていると結構苦しそうで、民営化され、合理化されたらこれら僻地の郵便局はもたないだろうと想像できます。

 民営化すればその資金が民間に還流するとも言われていますが、多くは外資に流れ、それによって国の自主性が奪われるのではないかと不安です。また例えば、その郵貯の資金は広島六区に立候補した堀江君のフトコロにも流れ込むことでしょう。彼が郵政民営化に賛成なのはその利害関係から当たり前ですが、私は不健全な株取引は苦手ですな。なにがしかの生産的な働き無しに、お金がお金を生むような、投機的株の運用には個人的信条から賛成いたしかねます。

 また彼は、株主の意向に沿って会社は動くべきとは言うけれど、それでは株主が自分の持ち株企業の責任を取ったことがあるだろうか。何か不祥事があれば謝るのはいつも社長である。「投機目的の株主」は業績が悪化した時には売り抜けて逃げるだけ。そんな人達の権利を強めてしまったら世の中不健全になってしまいます。

 会社はそこで働く従業員のものでもある、という側面は必要ではありませんか。社員の福利厚生をも担い、社会共同体としての性格を持ち合わせていた従来の日本企業の姿は簡単に捨て去ってしまえる程価値のないものだったのであろうか。
 今、小泉政権によって改革の名の下に破壊されつつある、これら日本型社会システムは現在の繁栄をもたらした一面がある、ということを忘れてはならないでしょう。

 改革で何か良いことありましたか?多くの人がリストラに泣き、給料が下がり、生産拠点の海外移転により首を切られ、また若者は就職出来ず・・・合理化の帰結として、随分と弱肉強食の世の中になりましたね。
 これだけ泣く人を出せば、そりゃ企業の業績も、合理化に伴う犠牲者の上にあがってくるでしょう。
 
 確かに無駄をなくすという意味での合理化は必要でしょうが、もう少しソフトなやり方があるような気がします。
 そんなに世の中の皆さんは、日本の社会が苛烈な弱肉強食のアメリカ型社会になることを望んでいるのでしょうか。

Agosto 28, 2005

憲法9条 28 agosto 2005

 ある人は「憲法9条を変える事は日本を戦争する国にすること」になるのです、と言う。
 そんなバカな!
 それは、戦争状態になる時には、必ず日本が他国に仕掛けるものだ、という前提に成り立っていませんか?
 日本が他国に攻められてはからずも戦争状態になる、その可能性は憲法9条を掲げさえすればゼロになるのでしょうか?

 だいたい私達は諸国の人々に比べてそんなに好戦的でしょうか。
 むしろ仏教や神道に垣間見える共生、寛容の精神からして、基本的にはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教、無宗教国家よりも穏やかな国民性を持っているのではありませんか。

 極々普通の国際感覚でものを言えば、憲法9条のあるなしに関わらず戦争は起こり得るのではありませんか?まさか本気で憲法9条を掲げていれば他国は絶対に攻め入って来ないとお考えなのか・・・(笑)少なくとも「他国が日本に攻め入ってくる可能性」がある、という事を認め合った上でなければ議論になりませんね。

 現実に今でも侵略、主権の侵害は世界中にあるわけで、丸腰の日本は彼らにとって格好の餌食となりかねません。
 実際に北朝鮮に拉致された日本国民がいて、中国には天然ガス開発の領域で、韓国には竹島を、ロシアには北方領土を主権侵害された状態なわけです。いまもって中国はチベットを侵略したまま居直っていますし、また一度として実行支配したことのない台湾を、国民党政府がかの地へ避難していった事実をもって併合しようとしています。

 この国際情勢を素直に眺めれば、日本政府よりも他国の政府に信をおく、「護憲」の論理に理があるとはとても思えません。
 そして一度戦争になってしまえば軍の隅々までを完璧に統治できた政府はありません。この一見平和にみえる平時の世の中においてさえも犯罪は起きているのですから、万が一、万が一に相手国の政府が紳士的であったとしても戦争になったら末端にはどんな悲惨が待ち受けているか。それは数々の戦記物や被爆、空襲、あらゆる侵略体験を扱った書物を読んでみればよくわかります。

 二度と戦争を起こさないために、私たちは出来るだけ速やかに憲法9条を変えてきちんと防衛出来るようにしなければならないのは明白であり、またそれは国際常識であると思います。
 他国が9条を持ち上げるのは、それが自分の国の安全に都合がよいからでしょう。それに、いくら憲法9条を他国の政府やの市民に評価されたところで、それが日本の安全保障につながるロジックが、少なくとも私には見えてきません。
 何だかんだと言っていても中国、韓国、北朝鮮すべて徴兵制をもっていつでも戦闘出来るよう国民を鍛えています。その事はアタマに入れておいた方がよいでしょう。

 ・・・???もしかして、まさか攻め入られたら、たとえ皆殺しになっても降参の覚悟ですか????
 
 ここまで書いてきて、ちょっと不安がアタマをよぎりました。今の憲法9条をかたくなに守る政府が出来て、その時、戦争に巻き込まれたら悲惨を極めますな。
 無抵抗で奴隷になるのか、死か、どちらかを選ばなければならない、そんな状況に陥る可能性がありますね・・・。

 私は嫌だなあ・・。

 私たちが動物と区別されるのは、人間が「人間」であるのは、「命」よりも尊いものがあるからなのではありませんか。
 究極の選択を迫られた時に、自分の親兄弟、友人、愛してやまない人たちを、果たして見殺しに出来るものでしょうか。 
 どんなに抑圧された状態でもただ生きていればいいや、なんて人、いるのでしょうか。
 「抵抗」する事は、それこそ人間らしく生きるための権利なのではありませんか。

 戦争は防がなければなりません。
 いわゆる「護憲」の立場を頑なに守る事は、いらぬ戦争を呼び込みかねない危険性をはらんでいると思います。
 
 侵略者に隙を見せ続けるのは如何なものか。戦争になった場合、隙をみせた方も悪い、と言われかねなくはありませんか。

 大体、敗戦後まもなくに、もちろん主権回復もなされないままにして、完璧に占領された状態の中で戦勝国側の草案を仕方なしに受け入れたという、そもそも憲法の成立過程が陰謀めいています。
 「憲法とは主権国家が自主的に制定するもの」、という正論に沿えば、これは1951年のサンフランシスコ平和条約締結により占領状態を脱し、主権をおおむね回復した後速やかに、改憲どころか、草案から新たに立ち上げるべきが本来の筋だったでしょう。
 ちなみに以前日本人自らがまとめた明治憲法は、現行憲法との比較の中で限度を超えて叩かれまくっていますが、発布当初は世界から賞賛をもって概ね好意的に迎え入れられたものです。ここいらへんは憲法発布当時の、外国新聞社の評を見れば宜しいでしょう。事実「大日本帝国憲法」は世界によきものとして認められ、それはその後様々な不平等条約撤廃へとつながっていったわけです。
 今の私の目からみても、そんなに理不尽を極めたものではないと思いますが・・・。
 
 ちょっと話がそれたので、はじめに戻りますが、「非戦の誓い」を一方的にしたところで、それによって戦争の火種を100%消し去る事が出来ると思い込むのはおかしいと思います。
 相手のある事なのですから。しかも軍と兵隊を持った国々に囲まれている現実があります。
 それなのに、全部当方の意のままに崇高な理念によれば非戦へと事が運ぶと考えるのは、思い上がりではないだろうか。
 戦争になってしまった時に、「私たちは攻めなかった」と言ってみたところで、それが何の意味をなすのだろうか。

 戦争を呼び込んでしまえば、その責任は重い。

 「護憲」の立場を守るなら、偶然や相手の好意に頼ることのない、信に足る完璧な理論をみせて頂きたいものです。

        ・・・「憲法9条を守る事」は「絶対に他国に攻め込まれない事」である・・・
 
 という命題を証明してみせて下さい。

Agosto 29, 2005

たまごの焼き方 29 agosto 2005

経験上、たいていの女性はスクランブルエッグが大好きである。
私は目玉焼きの方が好きです。特に半熟状態になっているのが。
トロッとして風味豊かな黄身と、淡白な白身ときちんと分かれているものが、口の中で合わさる時に絶妙なる美味を醸し出すものと思うのですが、如何なものでしょう。
女性の方ははじめから混ぜこぜになっているスクランブルエッグが好きなのですから、まあ、そうっいった感覚ではないのでしょうね。

また、たいていの女性が混ぜご飯を好むように思うのですが、私は白いご飯とおかずとを交互に箸する方が好きなのですよ。
この嗜好の違いはどこからやってくるのか、性差はかくも不思議である。

統計を取ったわけでもないし、私の思い込みに過ぎないのかもしれませんけどね。

Agosto 30, 2005

ライブin東中野ラバーキャット 30 agosto 2005

 新たにライブが追加になりました。藤田浩司Los Cumbancheros(ロスクンバンチェロス)が東中野でライブさせて頂く事になりました。近辺にお住まいの方、おいで頂ければ嬉しく思います。先日メール頂いた千葉大の優秀な後輩、バイラドール(サルサダンサー)のM君とか(笑)その節はありがとうございました。M君がなぜかサルサ好きになって、海外遠征までしているとは感慨深いものがあります。
 
 今のところ決まっている今後の主なライブは
9月3日(土)大神家:藤田浩司ロスクンバンチェロス
9月29日(木)大神家:藤田浩司 ラテンバンド
10月22日(土)稲毛コルトレーン:藤田浩司ロスクンバンチェロス
10月26日(水)東中野 Club Rubber Cat:藤田浩司ロスクンバンチェロス→前売チケット(お取り置きもできます) info@la-fiesta.jpまで
11月26日(土)稲毛コルトレーン:藤田浩司ラテンバンド
12月3日(土)さんぶの森文化ホール:鈴木直美・藤田浩司DUO→チケットについて
12月10日(土)大神家:藤田浩司ロスクンバンチェロス
12月16日(金)成東町文化会館のぎくプラザ:藤田浩司ロスクンバンチェロス→チケットについて
2006年
3月3日(金)茂原市立西小学校:高崎洋平・藤田浩司DUO(一般の方の入場は不可)
です。
詳しくはフィエスタのホームページ等で。

 9月のラテンバンドはフルート齊藤の、世界級の暖かい音色が聴けます。また11月は若手バリバリテナー&ソプラノかわ島のリリシズムに溢れたソロを聴く事が出来ます。
クンバンチェロではトランペット森戸の優しい音色、そしていつもお客さんとの一体感を醸し出し沸き立つプレイと、そしてフルート篠崎からはクラシックの確かな素養を下地にしながらもなぜか黒潮の勢いを感じさせる、言い換えれば「剛」のフルートでも申しましょうか・・・そのオーラをたっぷりと感じ取ってみて下さい。

Agosto 31, 2005

ドラム上達法~ダブルストローク(二つ打ち) 31 agosto 2005

 いわゆる「二つ打ち」である。
 シングルストロークと共に打楽器演奏の最もベーシックなテクニックであると思いますが、これが中々みなさんうまくいかないようです。
 片手二打ずつ打つのを滑らかにつなげるのですが、「二つ打ち」のテクニックを使わなければどうしても片手二つ続きの一打目が強くなってしまう。
 ダブルストロークの、片手ずつの動きを音で現すと、「タタッ、タタッ、」となるのですが、早く演奏する場合、振りに余裕のある一打目は簡単に強く打てても、すぐに続けて打たなければならない二打目は大きく振りかぶる事が物理的に不可能な事から強く打つのが難しい。
 そこで一打目を演奏する時に指の力を使わずに、むしろ握りしめた形から指を開きつつ打面をショットし、二打目はその開いた指を握りしめてスティックのスピードにターボをかけるのである。
 その指の力によって、二打目の短い距離でも余裕のある一打目と同等に強く打てるのですが・・・言うは易し、行うは難し・・・ですかね。

 こういった伝統的な技術の修得は、プロに習うのが早道なのは間違いないところでしょう。
 独学では情報量が足りません。楽譜も、記述による説明も、視聴覚教材も「ナマの情報量」は持ち得ません。
 しかも個人レッスンをお薦めします。ベートーベンの昔から、しっかりとした演奏のテクニックを身に付けるためにはマンツーマンの個人レッスンしかありません。
 グループレッスンはグループでしか出来ないような内容に絞るべきでしょう。リズムアンサンブルなどは逆に個人レッスンでの修得は難しいですから、こちらそういった方面では効果的でしょう。しかし技術の習得には適さない形態だと思います。
 私は学生時代に、様々な個人レッスン、グループレッスンを受けた事がありますが、どうも多くのグループレッスンというものが、本来個人レッスンにて行うべき内容を時間÷人数で切り売りしているように思いました。
 個人レッスンは割高なようでいて、グループと比べた場合、その若干の月謝額の高低に比べて、講師の目の届き方、一人あたりに対する時間の使い方を考えれば、逆にこちらの方が相当オトクなのではないでしょうか。個人レッスンでは講師の全ての時間と能力がその時間一杯たった生徒一人のために向けられるのです。
 逆に講師や企業の立場から考えてみれば、グループレッスンの方が商売としてはオイシイでしょうね。
時間単価が個人レッスンよりもはるかに高い。

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