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CUBA2007-音楽の旅- アーカイブ

Junio 13, 2007

エア・カナダ(Air Canada) 13 junio 2007

 ジェットは19:20頃、成田を離陸した。
 エア・カナダは今回初めて乗ってみたけれど、一発ですごく気に入った。
 エアカナダ成田19:00発、002便。
 機内に入ってすぐにシートがいいな、と思ったけれど、その他の設備もすごい。
 AC110V60Hzの電源タップが座席についている。
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 しかし、なぜか座席列進行方向に向かって右側の席だけには付いていないから要注意だ。
 USBのタップもあったのでMDウォークマンで試してみたが、こちらでも充電可能だ。
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 これらは電子機器を非常によく使う私にはとてもありがたいサービスだ。
 しかもディスプレイはタッチパネルで便利、ときている。
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 さらにおまけに・・・
 エア・カナダではアルコール類がエコノミークラスでも無料提供される!
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 これは嬉しいではありませんか。
 そんなわけで至れり尽くせりです。


 そういえば結構不注意に生きているので、今回の出発では肝心の航空券引き替え書を忘れた。
 ありがとう、奥さん!
 おかげでなんとかなったよ。

 実は今回の旅も荷物のパッキングに徹夜して当日朝の8時までかかった。
 だから体調はそんなに良いとはいえない。

 さてさてどうなることやら。

 カナダ最大の都市、トロントまでは地元千葉県の成田市から12時間とちょっとの飛行だ。

 機内食も米系よりいいかなあ。
 3回の食事はどれもカロリーオーバー気味だけれど。
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 途中機内より見える雪を抱いた山々や氷河の景色が素晴らしい。
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 色々と持ってきたデータを見て予習したりプランニングしたりしていると、あっと言う間に時間が過ぎてしまう。
 18:10に20分遅れでピアソン国際空港に到着。
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まだまだ陽が高い。
 夏至は近い。

 今晩の宿、クオリティ・イン&スイーツ・エアポートにシャトルサービスがあるかどうか、電話して聞いてみる。
 タクシーを簡単には使わない旅が好きだ。

 ターミナル1からはグラウンド階のSで待つよう指示を受ける。
 ほどなくしてシャトルバスがやって来た。
 隣り合わせに建つ、ホリデイ・インとの共同運行となっている。


 クオリティ・イン&スイーツ・エアポートのベッドは狭い。
 USサイズだと思って行ったら、とんでもない。
 きれいだけど、部屋は狭めだ。
 トロント空港周辺には団地かと見まごうほどにホテルが建ち並んでいるが、他のホテルの客室がどんなものかは知るよしもない。
 しかし、そのどれもが最低1万数千円は払わないと泊まれない感じだ。
 トロントの物価は安くない。
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 散歩に出たら黒いリスを数尾見かけた。
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 ホテルの近くに商業施設はわずかだ。
 15分ほど歩いたところにはいくつかの飲食店がある。

 21時を過ぎてもまだ明るいから、時間を勘違いしそうになる。

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Junio 14, 2007

ハバナ(La Habana)へ 14 junio 2007

 快晴。
 この時期のトロントは完全に夏だ。
 気温が高い。

 ホテルの朝食を7時からとる。
 温かいスクランブルエッグやベーコンが付くあたり、米国の標準的なモーテルより良い。
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 8時に予約しておいたシャトルは8時過ぎにやって来た。
それに乗り込む。
 グーグルマップで確認したときに、ホテルと空港の距離は約3kmだったが、実際に走ると大まわりするからもっと遠い感じだ。


 8:30頃ミッサウガにあるピアソン国際空港に到着。
 国際線はターミナル1だ。
 また、ハバナ行き国際線のカウンターはKである。

 わりとスムーズにチェックイン。
 しかし、預け手荷物の重量制限が成田線と違って厳密だ。

 ハバナ行きのゲートは最奥の178番だ。
 動く歩道があるものの、結構遠い。

 機内持ち込み手荷物の検査は、米国ほど厳しくはない感じだ。


 9:17、ゲート前に到着。
 余裕だと思っていたら、チケットには9:15搭乗開始となっていた。
 しかし、まだ係員さえもいない。
 出発予定時刻は10:15。
 エアカナダ、トロント発ハバナ行き964便。
 3時間半の空の旅だ。
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 搭乗後、隣の席に座っていた韓国人学生と話が弾む。
 なんでも1ヶ月かけて自転車で東部の都市、米軍基地がある事で知られるグァンタナモから首都ハバナまでまわるそうだ。

 彼は私の事をみて25歳くらいかと思ったらしい。
 それだけで彼のことが気に入ったよ。
 パク・ジョングム君。
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 ハバナ行きエア・カナダの機内食は成田線に比べると大分クオリティが落ちる。
 アルコール類も有料だ。
 しかしそれでも電源タップが付いている。
 但し、それを使ってPCへ電源供給するのはマズいらしい。


 飛行機はハバナに着陸しようとする。
 景色が懐かしい。
 言ってみれば田園の広がる、どこか田舎の風景。
 やはり、ここは自分にとっての郷里だな。
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 空港の入国審査は以前になくスムーズだった。
 米国のそれがバカみたいに厳しくなってしまったのと対照的だ。
 税関を抜けて空港内1番奥に両替所があったが、日本円は両替できない。
 仕方なくクレジットカードを使って現金を引き出す。

 まず見当を付けていた宿に電話を入れる。

 現地ではすぐにつながり、スムーズに泊まれることになった。
 日本からなぜ国際電話がほぼ全くつながらなかったのかは謎である。
 ともかく私は国際電話を8時間ほどダイヤルしてただの一度もまともに相手にはつながらなかった、それは事実である。

 小銭がないからタクシーに乗るまでに、ビールなど飲んで大きいお札をくずしにかかる。
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 その後拾った市内に向かうタクシーは25兌換ペソ(CUC)。
 30分ほどで15時頃無事に今回の宿へと到着。

 以前はキューバ人の家庭で暮らしていたが、法律等の問題でそれが出来なくなってから久しくお世話になっているのがキューバ航空の建物の10階にある、このアパートだ。
 インファンタ通りがマレコンという海岸通りにぶつかる直前にあるこの宿は音楽を聴くにはこれ以上ない便利な立地にある。
 ルンバのライブがある事で有名なラスベガスは目の前だし、ISAやカサ・デ・ラ・ムジカ(音楽の家)、ISAの打楽器科教授ロベルトコンセプシオンの家、ジャズカフェに行くバスの停留所も至近にある。
 しかもありがたい事に始発だ。
 乗りはぐれる事がない。
 キューバのバスは満員の場合があり、一発で待っていた目的のバスに乗り込めるとは限らない。
 ま、大抵大丈夫ですけど。
 それでも始発は座れる事も多いし、ありがたいです。
 少し話が横道にそれましたが、ジャズカフェへは歩30分ほど、これは歩けなくもない。
 ジャズのライブハウス、ラ・ソーラまでも歩いて5分程度だし、ハメルへは10分ほど、ルバルカバの家へは3分もかからないほどだ。
 世界遺産のビエハまでは歩いて30分。

 空港から宿へ向かう途中、雨がすごかった。
 今年の雨期は本格派の模様。


 
 宿に到着後、知人に電話をかけまくる。
 ほぼすべて繋がり、アポをとってから始めにルバルカバの家に出掛けた。
 その後タクシーを使ってロベルトコンセプシオンのところに直行。
 色々なCDを聴かせてもらったり、DVDを見せてもらったりした。
 チャンギートのアルバムやイサック・デルガドの新譜、ダフニス・プリエトのアルバム、ゴンサロ・ルバルカバがブラジルのイヴァン・リンス、ジョアン・ボスコらと競演しているDVD等々。
 親しくしている国立芸術大学(ISA)打楽器科4年生、ナイレ・ソーサがドラムを叩いているというバンドのビデオクリップもいくつか見せてもらった。
 ヒップホップっぽいサウンドだった。
 このグループのリーダーはスペインのグラミーみたいな賞を取っている。
 X Alfonso。
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 話をしているうちにサルサの黎明期からニューヨークの第一線で活躍するイグナシオ・ベロアやミッシェル・カミロの新しいドラマー、ダフニス・プリエトも彼、ロベルト・コンセプシオン教授の教え子だったことが判明。
 あらためてすごい人だなと思った。

写真:ロベルト・コンセプシオンとナイレと
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 ナイレがご飯を作ってご馳走してくれた。
 そういや、ナイレは随分と痩せたかも。

 とても楽しかったけれど、よい時間となったのでおいとまする。

 そして宿に帰ると、既に超友人、アントニオがビールを持って待っていた。
 アントニオはアルバム「インファンタ657」を捧げた、その人である。
 彼の人生にも色々とあったけれど、今は在キューバ日本大使館勤務だ。
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 会話が弾んだ。
 が、明日の事もあるので23時過ぎにはお開き。
 大人だな、オレたち。

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Junio 15, 2007

徒労 15 junio 2007

 既に強い日差しが照りつける中、朝から換金に動く。
 街に出ると相変わらず声がかかりまくる。

 部屋の隣人だと言う男から声がかかり、さすがに断りづらかったから彼の薦める換金所へと案内されるがままに付いて行ってみる。

 なんでもキューバ人と一緒に換金しに行くと、ずっとレートが良いとか。
 あまりにも嘘くさい話ではあるけれど、しばらく行かなかった3年間に大きく事情が変化している事は承知していたので、途中、信頼できる大使館のアントニオに電話、よい換金場所などを教えてもらった。

 一応その隣人に付いて行ってみたら、これが全くあてにならないというか、彼の薦める場所ではことごとく日本円からは換金不可だった。
 しかもいざ換金のタイミングでは放っておかれたから、キューバ人と行くとどうのこうのという話もまったくの作り話だったのだろう。
 しまいには、何かくれとたかられて気分悪く別れる。
 今、持ち合わせがないと言うと、彼、アルマンドは振り返りもせずに去って行った。

 初めはベダド地区にあるバンコ・フィナンシエロに行こうとしていたのだけれど、結局今はCerro地区の入り口に近い方まで来てしまった。
 アントニオお勧めのカデカはアバナビエハ(旧市街)地区のオビスポ通りにあるから、ちょっと遠いのでタクシーで移動する。

 ホテル・フロリディータまでタクシーで行き、そこからオビスポの細くてしかし賑やかな道を奥の方へと歩いて進む。
 はたしてアントニオお勧めのカデカはありました。
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 カデカはオビスポ通り、電話会社ETECSAオフィスのもう少し先にあります。
 両替率は138円=1CUCだった。
 12万円がたったの872CUCにしかならない。
 キューバ国内の物価はドルの時代と勘定が一緒だから、円安と相まって相当な目減りだ。
 正直痛い。
 初めてキューバに来たときには1万円が$110くらいにはなったのに、今は同じ1万円が$73にしかならないのだから 信じられないくらいの目減りだ。


 両替を済ませた帰りがけにソンのバンドを見る。
 ギター、フルート、ベースにマルチパーカッション、それにカンタンテ。
 ビエハにあるちょっとしたレストランでこうして聴く事が出来る何気ない演奏が素晴らしい。
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 あまり時間がないのでタクシーで帰宅、慌ただしく再び宿を出てエリサベスの家に行く。
 久々の再会だ。
 彼女はいつだってにこやかで穏やかで素晴らしい。
 私の大好きなピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバの姪っ子。

 タクシーを呼び、一緒に彼女のバンドのエンサーヨ(リハーサル)を見に行く。

 ピオレイバの残したバンドだそうだ。
 演奏はもちろん素晴らしい。
 メンバーのほとんどが来日した事もあるミュージシャンだ。
 エリサベスの相方のカンタンテ(ボーカリスト)はNGラ・バンダで来日したという。
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 ピアニストのプレーに見惚れる。
 そういえばこんなだったよな、キューバ人の演奏は、って。
 こうして日本で失っていた何かを再び取り戻し始める。

 2時間ほどでおいとまさせて頂き、今度はISA(Instituto Sperior de Arte・・・キューバ国立芸術大学)へ向かう。
 今、大学祭で今日はフルーティスト、マラーカの演奏があるからと聞いていたので、それを聴きに。
 それにお兄さんのペドロとは日本でたびたび演奏させてもらっているから挨拶もしたかった。

 向かう道は大雨、冠水がひどい。
 今回、6月は一年で最も雨が多い季節とはいえ、ちょっと量が多すぎる感じだ。
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 大雨で渋滞する中、なんとか大学に到着するも、なんとコンサートは雨天のため中止だと言われる。
 残念だが仕方ないだろう。

写真:ISAの正面玄関にて
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 ビエハからタクシー代約9CUC。
 痛い。
 レセプションでタクシーを呼んでもらうも到着まで1時間待てとの事。
 この雨で街中がタクシーを必要としているのかもしれない。
 しかして、1時間待ってもタクシーは来なかった。
 仕方なく歩き出す。
 程なくマキナ(キューバ人のタクシー)を拾う。
 途中までの約束だったので道半ばで降ろしてもらう。
 一人5ペソ(=CUC0.21)だ。
 降りるとすぐにセントロ行き222番のバスが来たからそれに乗り込む。
 こちらはたったの40センターボだ。
 ラッキーな接続。
 これだけ料金が違うから、今まで滅多な事ではタクシーなど使う事もなかったが、今回は頻繁に使うなあ。
 短い滞在に予定が詰まっているから、これも致し方のないところ。


 宿に着いた瞬間にネレイダから電話。
 着替える時間もなく、ルバルカバ家へと向かう。


 そして今晩はご馳走してもらっちゃいました。

写真:最後のデザート、プリンがとても美味しい!
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 とめどもなく会話が弾む。
 エリサベスの彼氏も紹介してもらった。
 エルネスト、29歳の録音技師。


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Junio 16, 2007

エリサベス・ルバルカバ(Elizabeth Rubalcaba)のショー 16 junio 2007

 朝、サンチアゴ行きビアスールバスのチケットを買いに行く。
 ホテルハバナリブレのCubaturで扱っている。
 ネットで見た情報とは違って、以前と同じ$51だった。

 その後、道向かいのお店でCD等を見る。
 新譜は一枚$15ほどだから、もうこれは入手困難なもの以外、チェックしておいて日本で買った方が得かもしれない。
 古いものに興味があるなら、大幅に割り引きされているので買っておいた方がよい。

写真:Hotel Habana Libre
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 道でパンを一個買って食べる。
 実は後で気が付いたら、今日はこの一食でおしまいだった。
 ブラジルもそうだったけれど、旅に出ると食べないな、俺。


 帰りがけに水を買いに懐かしのスーパーに寄ったら、ルバルカバ家のネレイダとばったり会った。
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 このスーパーの上にアパートがあり、キューバの家族のような人たちとそこに住んでいた事がある。
 自分の猛烈学習時代が懐かしい。
 朝の10時から夕方までびっしりとレッスンを入れていた時代。
 ドラム、ティンバレス、コンガやボンゴ、それにピアノとダンス。
 ドラムは大体毎日2時間だったっけな。


 スーパーから宿に戻る途中、今日もまた雨がぱらついてきた。
 水を冷蔵庫に冷やす。

 わずかの間に大雨となってしまい、ロベルト・コンセプシオンに電話をかけて、大雨だから家に行くのが少し遅くなる事を伝える。
 小一時間待って、小降りになったところで外に出て、バス停で190番のバスを待つ。
 15分ほどでバスはやって来た。

 降りるべき停留所を間違えた。
 5ブロックほど手前で降りてしまったところに、運悪くスコールがやって来た。
 突風を伴ってこれでは傘をさすことも出来ない。
 仕方なくビルの軒下で雨宿りする。

 雨はいっこうに止む気配を見せてくれないから、しばらくしてまた歩き出す。
 土砂降りの中を歩くから、ジーンズがどんどん重くなる。
 久々に靴の中がグショグショになる感覚を味わう。
 道路を流れ落ちる水の水かさが増してきて、道路を横切る度、少しでも高い場所を探す。
 大抵は道路の真ん中が一番高い。
 交差点毎に大回りして、歩道から道路の真ん中へと、水の少ない場所を見つけては跳び渡る。

 ロベルト・コンセプシオンの家まであと一区画のところで、どうにもその流れを越えられない場所に出くわす。
 道路が川となって浅いところでも深さ10cmはありそうだ。
 この後に及んでも靴を水没させるのは嫌なものだ。

 仕方がないので、道を大回りしながらあちらへ抜けられそうなところを探し歩く。


 ほうほうの体でどうにか彼の家にたどり着いた。

 しばし談笑の後、いきなりセッションが始まった。
 私のピアノにナイレのボンゴ、それにピアノ教師ダニアのピアノベース。
 曲は色々。

写真:セッション風景。私は写真撮影しながらしばし休憩中。
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 ナイレはX Alfonsoというバンドで、明日からギリシアツアーに出る事になっている。
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 会えてラッキーだった。


 おいとましてマキナ(ペソ払いのオンボロタクシー)で今度はロベルティコの新居へ向かう。

 新居はベダド地区の川向こう、ミラマール地区にあった。
 豪邸だ。
 ブエナビスタで稼ぎまくったお父さんの家も立派だけど、それをしのぐ規模と内装だ。
 娘のマイレーネは初めて会ったときまだ中学生だったけれど、なんと生後6ヶ月になる男の子の母になっていた。
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 時代は移る。

 ロベルティコはしばらくオマーラのバンドで忙しくしていたけれど、最近は再びジャズ系の活動をするべく計画しているそうだ。
 手持ちのMacG4でデモを制作するらしい。
 長年バンマスを勤めていたアフロクーバみたいなサウンドになるんだろうな、きっと。

 私の「インファンタ657」を全曲聴いてくれた。

写真:Roberticoと
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写真:アルバムタイトルのインファンタ通り
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 再び宿に戻り息を付く間もなくルバルカバの家へ。
 今晩はエリサベスのショーを彼女の母親マルティカと観に行く事にしている。
 ま、エリサベスは父のヘスス亡き今、確かに自分の子供のようなものだ。
 実子にしてはちょっと大き過ぎるけどね、さすがに。
 私のことを時に「パドリーノ・バカ(バカな保護者)」と呼んで笑ってくれる。
 そう、エリサベスは片言の日本語を知っている。
 誰が教えたって?そう、この私だ。
 逆に、この私にヒドいスペイン語を教えまくってくれたのは彼女や、彼女の兄ミッチェルと当時の彼女フロールだ。

写真:エリザベス・ルバルカバ15歳
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15歳、女の子にとっては成人式。
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 キューバ人のスラングさえも、実はこのルバルカバの家で学んだものだ。
 みんな下品な言葉が大好きだから、あの頃、父のヘススや時にはその頃まだ小学生だったエリサベスもよくバカ会話の相手をしてくれたものだ。
 私の暮らしていた家にも親子で遊びに来たりしていたっけ。

写真:遊びに来た小学生時代のエリサベスと父、ヘスス・ルバルカバ
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 ちなみに兄ミッチェルは2000年頃キューバを出て、今はチリのサンティアゴに住んでいる。

写真:ミッチェル・ルバルカバ
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 さて、カバレ・テアトロ・ナシオナル・デル・プラドでのショーは中々素晴らしかった。
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 あいつやっぱ才能あるよな。
 そこいらへんは名門音楽一家の血なんだな、きっと。
 へぇー、あのエリサベスがねーって感じだけど。
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 母親のマルティカも初めて見た娘のショーをとても気に入った様子だった。
 招待して良かった。
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 宿に着いたら午前3時半。
 明日は朝から今は亡き盟友、ヘスス・ルバルカバの墓参りに行く予定。

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Junio 17, 2007

お墓参り 17 junio 2007

 朝9時。
 マルティカからの電話を待って、ルバルカバ家へ。
 タクシーでヘスス・ルバルカバの墓があるハバナ最大の墓地、セメンテリオ・コロンに行く。

写真:コロンの門
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 今日が父の日だからか、いつもよりお墓にも人が多いようだ。
 ヘススの墓には名前が彫ってないから、もし今度一人で来るとなったら無事にたどり着けるかどうか、ちょっと自信がない。

写真:墓地にある教会
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 彼は私のピアノの師であり、また、私の大好きなピアニスト、ゴンサロルバルカバの兄でもある。
 そしてかわいいエリサベスの父だ。

 その昔、キューバでは色々なことを習ったけれど、実はピアノの時間が一番多かったかもしれない。

 ルバルカバの家のリビングはピアノを習い、ダンスを習い、ティンバレスを習った、私にとって大切な場所だ。
 1997年の5月5日に盛大な誕生日を祝ってもらったのもここだ。

 この4月に偶然見かけたボニアティージョが表紙になっている本の撮影場所もたぶんここだし(思い違いだったら失礼)、前に偶然NHKに映っていたのもここの家のリビングだ。
キューバ・トリップ―“ハバナ・ジャム・セッション”への招待/高橋 慎一 (著)
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(注・よくよく見ると、どうも勘違いであったようです・・・。でもわからない、滅多に行かない個室の方はこんな感じだった気もする)

 ヘススは弟と比べた場合、あまり成功に恵まれた人生とは言えないかもしれないけれど、それでも晩年には自己名義のアルバムがヒットチャートの第6位にまで上った。

 ラスト二枚目のアルバムは彼から直接プレゼントされたもので、私の大切な宝物である。
「エストイ・アキ(我ここにあり)」

「エストイ・アキ(我ここにあり)」

 お墓参りの帰りに豚の丸焼きを見た。
 カメーヨ(らくだ)という、二台連結の大型バスでセントロへ戻る。
 停留所でネレイダやマルティカと別れて、日曜日のルンバ、エル・カジェホン・デ・ハメルを見に行く。
 首尾良くちょうど始まるところだった。

 これはやはり本物だ。
 あふれる躍動感。
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 今日は父の日だからという事で、始めのグループの後はずっと女性が演奏している。
 これは貴重な日に来たのかも。

 女性が生き生きと演奏するルンバを、弟子に見せたかったな。
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 ルンバの後にはオリシャに捧げる音楽が続いた。

 2時間も見ただろうか、疲れてきたのでルバルカバの家に行ってお昼をご馳走になる。
 なんとビール付き。
 朝にはまだ昨晩のアルコールが抜けてなかったのだけど、ま、いいか。

 エリサベスの叔父、叔母だという親戚の人たちに初めて会う。
 叔父さんはスポーツを教えているとの事で、国内各地やベネズエラにも仕事で行っているそうだ。
 合気道も教えているって。


 しばらく談笑の後、おいとまして街をぶらぶらする。
 今日は父の日だから、やたらに押し掛けるのも気が引けるし、こうしてぶらつくしかない。


 今回初めて海沿いのマレコン通りに出てみた。
 Infanta y 23の道路向かい。
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 目の前に2001年に泊まったことのあるイノセンシアの宿が見える。
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 ふとコッペリアの近所に行ってみると、なんと今日は行列がない。
 食べるのに2時間待ちとか、普段はザラなのに、これは父の日だからだな。
 並んでみると、ほとんど待たずに中に入れた。
 5ボールのエンサラダが5ペソ。

写真:コッペリアのアイスクリーム
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写真:コッペリアにて
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 コッペリアで偶然マルティカに会った。

 今日は雨が降らない。


 例のボニアティージョが電話で挨拶した時に、今晩20:30からテレビに出るよって教えてくれたのだが、ついうっかりとこれを見落としてしまった。
 残念だ。

 夜22時にアントニオとLa Zorra y El Cuervoというジャズ系ライブハウスの前で待ち合わせる。
 が、出演者がよくわからなかったので、ハバナにある別のジャズ系ライブハウス、Jazz Cafeに向かう事にした。

 La Zorraは宿の近く、23通りに面してあるが、Jazz Cafeはベダド地区の高級ホテル、メリア・コイーバのすぐ近くにある。
 La Zorraはミニマムチャージ$5だが、Jazz Cafeは$10である。

 La Zorraは狭いが、Jazz Cafeは広い。

写真:Lazzora y El Cuervo
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 今日のライブはセッションで、ビロンゴとかステラ・バイ・スターライトを演奏していました。
 ハバナでは誰を見てもハイレベルな演奏だ。
 今回の演奏者が誰なのか、紹介もないし、全然わからないのだが。
 そう言えばメンバー紹介も曲の紹介も一切ないライブだった。
 一曲だけフルートのお姉さんが素敵なボーカルを聴かせてくれていたのだが、歌詞がわからなくなって詰まってしまい、演奏がフェイドアウトしてしまったのは残念だった。

写真:JazzCafeのステージ
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 ピアノはヤマハのP200だったようだけれど、音響はやたらハイに傾いた音作りに聞こえた。

 しかし、エアコンの風が身体に吹き付けてきて寒い。
 ここでは風の当たらない席を選ぶか、長袖を用意してきた方が良いだろう。
 とはいえ、アントニオは「寒いの好きです」と言って何ともないし、体感温度は人によってそれぞれだから一概には言えない。
 日本人の女性は大抵寒がりだから、思い当たる人は長袖を用意した方が良いと思います。

 ちなみに今晩は全てアントニオにおごってもらってしまった。
 本当はこちらが払った方が、あるいは割り勘でも、そうさせてもらったほうが気軽に誘えるのだけど。
 そこいらへんは色々とあって難しいです。

写真:JazzCafeにて、アントニオと
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写真:JazzCafeのサンド
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Junio 18, 2007

アバナ・ビエハ(Habana Vieja) 18 junio 2007

 今日は初めて朝から雲一つない快晴。

写真:宿の部屋からの眺め
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 宿のあるセントロ・アバナ(新市街)から世界文化遺産の街、アバナ・ビエハ(旧市街)へと海沿いに延びるマレコン通りを歩いて行ってみる。
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 道行く途中途中に今日も声がかかりまくる。
 大体が物売りか、外国人相手に英語の練習をしたい人だ。
 物売りはともかくとして、せっかくカナダを抜けたのだから英語は勘弁してほしい。

 旧市街までは歩いて30分ほどだ。
 すでに何度か来ているからこれは見慣れた色でもある。
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 とはいえ滅多に来ない旧市街。
 今まで商業の中心は23通りの辺りかと思っていたけれど、今日歩いてみた印象では、お店の賑やかさでは旧市街の方が上のような気がする。
 あちこちお店を冷やかしてみるが、相変わらず棚に物はない。
 ショーウインドーのチープさといったら、訪れた事のある他の国ではまずお目にかかれないものだ。
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 今日は授業が休みだという大学生のカップルから声がかかった。
 法科のミゲールと経済のエリサベス。
 彼らとは3度ばったりと街中で会い、その度に会話が弾んだ。
 しかし今回彼らには学生だと思われたが、最近ではそう見られない事も多い。
 残念な事だが、やはり誰にでも等しく老いはやってくる。


 とりあえず天気が良いから世界遺産の街で写真を撮りまくってみた。

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 今日は一日中、夕方までよく晴れたな。

 夜、といってもまだ薄明るい20:30に宿を出て、ビアスールのバスステーションへと向かう。
 $6だって言うけれど、荷物重いし、ま、いいかって感じ。
 昨日行ったセメンテリオ・コロンの脇を抜けてタクシーは進む。
 どうもキューバ人の間できれいな街として人気があるのはシエンフエゴスのようだ。
 大抵話題に上る。
 今また、タクシーの運転手もシエンフエゴスはトリニダ以上だと推薦していた。
 さて、20分もしないうちにタクシーはビアスールのバス停へと着いた。

写真:ターミナルの待合室
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 預け手荷物の重量制限が課されていてちょっとビビる。
 20kgまで。
 超過料金を払うのもなんだかバカらしいので、手持ちのリュックの方へ若干の荷物を移す。
 街中のCubaturでもらった引き替え証を券売カウンターで提示して、粗末な藁半紙に印刷された紙屑のようなチケットを受け取る。
 手荷物はすぐ隣のカウンターで預ける事。
 その先、ちょっと階段を上がった待合室からは快適な涼しさだ。

 これら中南米の長距離バスの寒さには毎回ノックアウトされているので、今回は着るものや身体を覆うためのタオルなどを多めに用意してきた。
 さて、どうなるのだろう。

 いやいや、快適だと思っていた待合室の温度も寒く感じ始めてきたぞ。


 いつものようにビアスールのバスは定刻通り22時に発車した。
 このバスはほぼ時間に正確に動く。
 車内では冷気が鼻に痛い。
 この感覚は真冬に就寝する時の、室内で暖房を切ってしばらくたった時くらいの温度だろうか。
 この日の為に持参した大きめのタオル2枚がとても役に立っている。
 膝掛けとマフラー代わりにすれば結構暖かい。
 Tシャツ、半袖シャツの上にさらにもう一枚薄手だけど長袖のシャツを着る。

 22:30現在、なんとかこの寒さをしのぎきれそうな予感。


 そう言えば今回、初めてフロールと会わなかったな。
 ちょっと明る過ぎて苦手な女の子。
 会いたくないなと思っていても、なぜかキューバへと来る度、必ずハバナの街中でオレを見つけ出すフロール。
 もちろんいい娘なんだけど。
 小耳に挟んだ。
 あのフロールもついに結婚したそうな。


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Junio 19, 2007

サンチアゴ・デ・クーバ(Santiago de Cuba) 19 junio 2007

 バスは意外にも寒くない。
 どうやら膝掛けにしたタオルが効いているようだ。

 ビアスール・バスも確か登場して10年近く経つから、そろそろガタが出始めているようだ。
 座席のリクライニングが止まらない。

 あとで立ち寄る予定のカマグエイには6時ちょうどに着いた。

写真:カマグエイのバスターミナル
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 トイレにいってみたが、水が一滴も流れない、なんとも素晴らしいトイレだった。
 汚い話だけれど、手さえも洗うことが出来ない。
 おしぼりウェッティは必携です。


 外に出るとき声をかけたチョフェ(車掌)がサンチアゴで自分の兄弟の家に泊まらないか、と言う。

 聞いてみると場所もなかなか良さそうだ。
 1日15CUCだって言われたけれど、サンチアゴには4回来て4回とも12CUCで泊まっていると言ったら、それでエスタビエン(OK)だという。

 行ってみる事を約束する。

 ビアスールのチョフェはいつも真面目で親切な人ばかりだから、今回も多分大丈夫だろう。
 フェルナンド、黒人。
 彼には今後も色々と助けてもらう事になる。


 ところで今回フジのFinePixF30とパナソニックのDMC-TZ3の二台のカメラを持参してきているので、その比較をしてみようと思う。
 フジは昨年の今頃コンパクトでは一番人気のあったカメラで、パナソニックは今、一番人気のある機種だ。
写真:フジFinePixF30
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写真:パナソニックDMC-TZ3
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 パナソニックは28mm広角と10倍のズームが魅力。
 それからメディアが安価なSDカードというところも良い。
 ただし、暗いところでの写りはやたら悪く、それからシャッターが遅いので、動く場面での撮影は苦手だ。
 暗いところで写すための専用モードも備えているが、これを使うと画質がかなりザラつく。
 つまり使えない。
 また広角だから仕方ないのだろうが、画面の四辺が歪むところも気になるところだ。
 液晶が大きいから電池の消耗が早い。
 液晶はせっかく大きいのに、いざ撮った写真をその場で見るのには色々な情報がごちゃごちゃとディスプレイされて見づらい。

 フジは例えば夜のライブやショーのような暗いところで写してもきれいだ。
 それからシャッタースピードが速いので、例えば走るタクシーの車内から狭い路地を写しても思ったように写る。
 この二点においてパナソニックはかなり使えない。
 また、フジは電池の保ちが良い。
 使い方にもよるだろうが、一週間ぐらいの旅では電池交換必要がないだろう。
 それから撮った写真をすぐ見る場合、そしてまた写真をすぐ撮る場合、フジのワンプッシュ方式はストレスを感じない。
 パナソニックのダイヤル式には時間がかかってストレスを感じる。
 フジは液晶ディスプレイも撮った写真以外には何も表示されないから、確認にはとても都合が良い。
 痛いところは値の張るXDピクチャーカードをメディアとして採用しているところだ。
 しかも2GBまでの容量のものしか存在しない。
 パナソニックの方では8GBのカードを何枚か持ってきているというのに、こちらは予算の都合で1GBx2、2GBx1だ。
 また、パナソニックの広角28mmに慣れてしまうと、35mmの広がりでは風景を撮る時に不満を感じる。

 私は日中の屋外ではパナソニックを主に使っている。
 この広角と望遠はなんといってもやはり魅力がある。
 遠くの被写体を10x望遠で狙っても手ブレしない、この性能は驚異だ。
 それから一人旅の自分撮りに28mm広角は便利だ。
 大体失敗なく自分が画面に収まる。
 とはいえ、きちんと自分撮りをしたいならやはりポータブルな三脚は必携。
 逆にライブなどの暗所では断然フジに軍配が上がる。
 暗いところでストロボを使わなくても鮮明に写って気持ち悪いくらいだ。
 大体ストロボ撮影というのはムードが出ない。
 ちなみに、なぜか大抵の女の子はストロボで撮られた写真を嫌がります。

 フジのコンパクトで28mm広角、10xズーム、SDカードが採用されたものが出たなら即買いなのだが、現実にはなかなかそうも行かないらしい。
 デジカメなんて似たようなものかと思っていると、かなり機種に差があるから驚きます。


 さて、外は快晴のサバンナが続く。
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 そんな中、結構な頻度で時折小さな街が出てくる。
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 賑やかな街角が垣間見えたかと思うと、8時ちょうどに今度はラスツナスへと到着した。
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写真:賑わうバス待合室
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 一応外に出て、その後バスの車内に戻ると、やはりこの冷やし方は異常だと思った。
 クーラーかけ過ぎ。


 8:30ご飯休憩とのアナウンス(マイクなし、肉声のみ)。
 小さなペソ(モネダナショナル)払いの屋台(車輪は付いていないが、そんな規模)。
 レフレスコ(ドリンク)がコップ一杯1ペソ。
 パンは1種類のみで5ペソ。
 パンの名前は忘れてしまったが、脂身の多い肉を挟んだ安いヤツだ。
 私は滅多にこれを食べない。

 外人の女の子がペソを持っていなくて困っている。
 隣にいたキューバ人のおばさんが彼女にレフレスコを一杯おごった。
 外人は普通、この国ではドルよりも高価なCUC(兌換ペソ)払いのみだからね。
 1CUC=24ペソ。
 このレートは長い事ほぼ変わっていない。
 一時期1CUC=25ペソになった記憶はある。
 だけど、そんな程度。
 街では1ペソでレフレスコ(清涼飲料)、3ペソでバティド(果汁+ミルク)が飲める。
 対して1CUCでセルベッサ(ビール)、あるいは0.5-0.7CUCほどでコーラが飲めるかも。
 コーラとかは滅多に飲まないので記憶が危うい。
 水のペットボトル500mlは0.5CUCくらいだ。
 ちなみに、ここではトイレはなさそうだった。
 本当に道端の露天にある、小さな店?だ。
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 この国の値段の付け方には極端な幅がある。
 同じようなコンサートが30CUCだったり5CUCだったり、ときには無料だったりする。
 宿一泊30-40CUCするところもあれば、地方なら10CUCで泊まれるところもあるらしい。
 ハバナでは以前7CUCで泊まれたところが、今や一般的に25-30CUCだ。
 以前23CUCで泊まれたビジネスホテルは現在60CUCほどもする。
 本日1CUCは約138円。
 しかもあの頃は1CUC=84円くらいではなかっただろうか。
もう遠い昔の話だ。

 今にしてみれば貧乏な学習時代に最強の円が存在したのは巡り合わせといえば巡り合わせで、とてもラッキーな事だった。
 最近では日本人観光客も激減しているらしいが、このレートでは無理もない。
 私だって正直キツい。


 バヤモには10:40到着。
 ここでも確認のため一応トイレに寄ってみた。
 水が流れて手も洗える。
 入り口の人にチップを20センターボ渡す。
 だいぶ陽射しが強くなってきた。

写真:街角で見かけた乗合馬車
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 11時を過ぎて、バスはどんどんと高度を下げる。
緩い下りが続き、耳が痛い。
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 12時。
 サンチアゴ・デ・クーバ市内に入ると再びアナウンスが入る。
 フィデル・カストロの弟であり、今彼に代わって国の舵取りをしているラウルの妻にして革命の戦士、ヴィルマ・エスピンが昨晩亡くなったそうで、弔いの行事により市内へはバスが入れないとの事。
 ぐるぐると狭い路地をまわって、いつものビアスールのバス停ではないターミナルに停車する。
 そう、ここは車庫だ。
 3年前に忘れ物を取りに来た事のある車庫。
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 タクシーでフェルナンドの薦める宿へ向かう。
 途中、フォコと呼ばれるカーニバルチームの名門、懐かしいロス・オヨスやカラバリの家がある付近を抜ける。

 宿が近づいてくると、なんとそこは・・・
 3年前に泊まったファン・カルロスの家だった!
 これは運命だな。
 話を聞いていて近い場所だなとは思っていたけれど、まさかドンピシャリだとは。
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 彼、ファンカルロスも私の事を覚えていてくれた。
 「ええっと・・・君は音楽家だったよね」って。
 部屋に入ってみると、3年前よりずっとずっときれいになっていた。
 ベッドもアメリカのホテルのようだ。
 壁も美しく張り替えられている。
 マレーシアやシンガポールでよく見かける方式のウオッシュレットになっている。
 努力を惜しまない人なのだろう。
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 シャワーを浴びて街に出てみるが、街角から全く音楽が聞こえてこない。
 カーニバル博物館も閉まっている。
 今日は歌舞音曲が禁止されているそうだ。
 せっかくここまで来た身としては残念である。

 陽射しが強い。

 街は色々と変わっていた。
 腕時計を直したり、そんなので便利だったフェリア(露天市場)がその場所にはなくなっていた。
 残念だ。

 気を取り直してカラバリの家に向かう。
 今日はエンサーヨ(リハーサル)のある日なのだが、さてどーだか。
 はたしてエンサーヨは中止だった。
 残念続きだ。
 ついてない。
 ついてないと言えば、コロンビアの街、カリブ海に面してひろがるカルタヘナでの出来事を思い出す。
 カルタヘナといえばウキウキとする楽しい音楽、バジェナートで有名だが、その街を夜、バジェナートの楽団を乗せながら走るオープンバスがある。
 私はそれに乗りたかったのだが、大統領選挙のために数日戒厳令が敷かれてしまい、残念な思いをした。
 海辺では普通にバジェナートが聴けたし、戒厳令の前日までは楽しく走るオープンバスを見ていたのに、いざ自分が乗ろうとしたらNGだったという・・・。

 さてカラバリ。
 道を歩いているとあちらから気付いてくれたのはキューバ最古のフォコ、カラバリ・イスアマの長、ジョアングラ。
 久々の再会を喜び合う。
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 最初に彼女へと投げかけた言葉は「おーい、今日はリハーサルないのかい?」だ。
 最後にここを訪れた日から3年経ってしまったと言う気が全くしない。
 家の中にはジャイリンや、彼女の息子であり、私がパドリーノ(後援者)のクリスチャンがいた。
 後援者になる事については教会で洗礼もした。
 クリスチャンは相変わらず恥ずかしがり屋であまり喋らない。
 いやいや、この後はすぐに慣れてメチャクチャ活発に喋りかけてくるようになる。
 名前の覚えも「コージ・フジータ」と、完璧だ。
 インファンタ657の裏表紙で私が抱いている子がクリスチャンである。
 6歳だから小学校1年生だそうだ。
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 カラバリの長、ジョアングラとカラバリのDVD化、あるいはCD化について話し合う。
 サンチアゴといえば世界文化遺産のトゥンバ・フランセサが有名だが、このカラバリがキューバで最も古いフォコだ。

 色々と雑談する中で給水の話が出てきた。
 最近ピオ・ロサド通りにあるこの地区では、水が6日おきにしか出ないそうだ。
 それは大変な事だ。
 明日、水が来るって言ってたけれど。
 宿ではホテル・カサ・グランダが近いせいで水が使い放題なのだけど、同じ市内でこの差別はひどいと思う。

 ジャイリンの弟、チーチョは技術系の先生になった。
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 3年前にはまだ学生で、よく一緒あちらこちらへと遊びに行ったっけ。
 勤め始めた今は、なんと日曜日にしか休みがないそうだ。
 8月に結婚するとも聞いた。
 あの頃よく遊んだもう一人、チャックは小学校の先生をやっているそうだ。
 今は軍のボランティアに出ているとも。
 時は流れる。

 しばらくしておいとまする。


 今宵、超珍しくサンチアゴの夜は静かだ。
 音楽が聞こえてこない。
 せっかくはるばるとやって来たのに残念です。
 明日は全てが平常に動く・・・らしい。

写真:3歳にしてボニータ!
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Junio 20, 2007

カーニバル博物館(Museo del Carvanal) 20 junio 2007

 昨晩早く寝てしまったから、今朝は6時に目が覚める。
 この宿では、昼間はエアコンの効きが悪くてやや暑いが、夜はエアコンを付けっ放しで寝るとさすがに寒い。


 今回キューバを訪れた最大の目的は、カーニバル博物館の打楽器奏者、ファン・オスカール・テヘラと共にラテンパーカッションの基礎を納めたDVDを作ることである。
 昨日はムセオ(カーニバル博物館)が閉まっていて残念ながら会えなかったが、今日は会えますように。
 そういえば、この4月に見つけた新刊でボニアティージョが表紙になっている本に、彼の写真も載っていたっけな。


 そうだ、せっかく早起きをしたのだからコブレに行ってみよう。
 コブレ教会とは、キューバ人にとって最も重要な聖地なのです。
 コブレに行く事を誰かに伝えると、よく「コブレの砂を持ってきてくれよ」と言われる。


 快晴。
 バイーア(湾)の方に鉄道駅やバスターミナルがあるので、まずそちらへと出掛けてみる。

写真:バイーアに面した通り
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 が、道行く人々に訪ね、ターミナルで訪ね、コブレ行きのバスは市街地反対側のターミナルから出ている事を知らされる。
 もしかしたらそうだったよなって、薄々わかってはいたけれど、あちらは遠いから出来れば行きたくなかった。

 ビシタクシーという名前の人力車でコブレ行きのバスがあるCalle4へ向かう。
 $3。
 近い割にいい値段だ。
 途中馬車と競争させる。
 下り坂では人間の方が速い。

写真:人力車の背中から
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写真:人力車の運転手と
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 バスターミナルに着いてみると、肝心のバスは発車してしまったばかりだった。
 うん、真っ直ぐこちらに来ていれば間に合ったものを・・・
 コブレ行きのバスは8:00,9:00,10:00にあるようだ。
 次はグッと時間が開いて12:30。

写真:バス時刻表の掲示
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 ムセオに行くことが先決事項なので、今日はコブレに行く事をあきらめる。
 12:30に街を出てコブレへ行ったら、カーニバル博物館のライブパフォーマンスには間に合わなくなってしまいそうだ。

 徒歩での帰り道、ムセオに寄ったら今日は16:00からショーがあるとの事。
 ファンが健在であることもわかった。

 ついでにトローバに寄ってみる。
 午前中はまだ何もやっていなかったが、午後からは演奏が目白押しの模様だ。

 ・・・12時から演奏が始まるはずだったが、13時を過ぎてもまだ始まらない。
 仕方なくそこいらをブラブラして戻って来ると、ようやく演奏は始まっていた。
 ソンの故郷、カサ・デ・ラ・トローバ。
 気持ちの良いリズムにのって、肉声が場内に響く。
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写真:トローバにて
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 いったん宿に戻って、今度はすぐにカーニバル博物館へと向かう。

 いたいた!
 ファンが階段から手を振っている。
 久々の再会を喜び合う。

写真:カーニバル博物館にてファンと
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写真:Juan Oscar De La Tejera
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 早速仕事の話。
 収録内容や場所の話、etc...。
 明日10時にここで落ち合って、コンガの雄、サン・ペドリートのフォコで収録する事になった。

 ファンはサン・ペドリート地区の出身だ。

 ショーが始まった。
 やはりファンのプレイはすごい。
 ショー自体、ダンスや音楽も多彩だ。
 場所柄、衣装がチープなのが残念だ。
 その点、首都ハバナでは数倍豪華だ。
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 ショーを見終えて、久々に懐かしのレストラン、1900(ミルノベシエントス)に行ってみた。
 ・・・絶句。
 前々から噂はあったが、ついにCUC払いに変わってしまった事を知る。
 食事は以前に比べて約10倍の値段を提示された。
 飲み物は10ペソ→1CUC。
 円安と通貨切り上げを換算すれば、飲み物については3年前までに比べてそれでも3倍ちょっとの値段。

 思わず注文するのを止めて飲み物だけ頼んだら、どこからかチーフがやって来て今日はペソ払いでも良いという。
 辺りを見渡してみると私の他に客が誰もいない。
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 カマレロ(ウェイター)に「何でだよ?」って尋ねてみたら、「今、他にお客さんがいない。私たちも稼がなければならない」との事。
 ラッキーだ。
 だけど、もうここにはそう易々と来る事は出来ないな。
 愛用のレストランだったので、寂しくはあるが、その値段を払うなら他に良いところがたくさんある。
 ちなみにこの後レストランを探してみたところ、ペソ払いのところをいくつか見つけた。

写真:レストラン、ノベシエントスの鶏ご飯
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写真:レストラン、ノベシエントスのトマトサラダとアトウェイ
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 宿へと戻る。
 今回の宿、ファンカルロスの家はバルコン・デ・ベラスケスの裏手にあり、街の中心、セスペデス公園からわずか2ブロック離れたところに位置する。

写真:ベラスケスのバルコニー
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写真:セスペデス公園にて
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 トローバへは3ブロック、ムセオへは5ブロック、どちらへ行くにしてもせいぜい歩いて5分とかからないだろう。
 トローバに次いで有名なチボリ地区にあるカサ・デ・ラス・トラディシオネスへも6ブロック程だ。
 カラバリの家へは少し遠いが、それでも徒歩12分くらいのものだろう。
 トゥンバ・フランセサの家へは歩10分くらいか。
 ロス・オヨスへは歩15分。
 チボリのフォコへもパドレ・ピコ通りの階段を上った先、すぐ近くだ。
 クトゥンバの本拠地へも3ブロック、5分以内だな。
 たまにお世話になる事があるプラサ・デ・マルテに面したパティオ・ロス・ドス・アブエロスへはちょっと遠いがそれでも多分徒歩15分以内。
 ちなみに宿側のセスペデス公園と、このプラサ・デ・マルテにはさまれた間が最も賑やかな繁華街だと思う。
 それからサン・ペドリートへはバイーアへと下って馬車を拾えば、さほど遠くもない。

 馬車!コーチェ!
 キューバでは馬車が公共の交通機関として普通に使われている。

写真:馬車
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 その他、中距離の輸送ではカミオンと呼ばれるトラックなども一般的な公共交通機関だ。

写真:カミオン
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 ちなみに馬車はいつでもOKだが、カミオンへは車掌の機嫌が悪いと外国人は乗せてもらえない。
 近頃サンチアゴで流行っているのはバイクタクシー。
 客は一人しか乗せられない。
 こちらは外人でも10ペソ。
 市内ならどこまで行っても10ペソ。

 ま、市内ではカリブの家のみが重要な音楽の場所のうち、トロピカーナとかホテルのショーとかの高価な場所は別として、歩いていくのが辛いところだろうか。


 22時少し前にカサ・デ・ラス・トラディシオネスへ行こうと宿を出る。
 狭くて、音楽の響きがリアルで、ある意味トローバ以上に面白い場所なのです。
 コロナ通りを確か112番地くらいまで下って右へ折れ、数区画先を今度は左に入ってすぐの場所にある。

 いざ行ってみたら・・・
 ・・・閉まっていました。
 初めてです。
 上で警備の人が何かが壊れたとか言っていたけれど、よく聞き取れなかった。


 今回はアンラッキーが多い。
 ハバナではマラカが洪水で中止、ラスベガスのルンバも大雨で行きそびれ、サンチアゴに到着したら今度は追悼の為にムセオもトローバも演奏なし、カラバリがリハ日だったのに中止・・・そして今回。
 見られるはずだったものを5本も落としてしまった。
 そんなだから今回はいつもの旅よりも睡眠時間多めで、健康には良いかもしれない。


 明日はいよいよ仕事中の仕事だな。
 午前中からファンとラテン打楽器の基礎を収めるDVDの制作だ。
 そして晩にはカラバリと打ち合わせ。
 濃い1日が待っている。

写真:夜のサンチアゴ・デ・クーバ教会
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Junio 21, 2007

ラテン打楽器のDVD収録 21 junio 2007

 快晴。
 朝10時にキューバ国立カーニバル博物館の前で、館の首席打楽器奏者ファン・オスカール・テヘラ”Nino”と待ち合わせる。

 彼は時間前に来ていた。
 さすがだ。
 マキナ(タクシー)でサン・ペドリートのフォコへ向かう。
 3CUC。

写真:サン・ペドリートのフォコにて
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 3人の奏者でDVDを作ることになった。
 今日の収録リズムはポピュラー系のダンソン、ボレロ、ソン、デングェ、チャチャチャ、ピロン、モザンビーケ。
 それにコンガやティンバレス、クラベス等を演奏するための基本テクニック。

 彼らがリハをしている間に録音レベル等を設定し終える。

 横着してそれをのせたままテーブルを運んだら、R-09の三脚を床に落とした。
 初めて使ってみた今日、早速壊すとは・・・。
 さすがだ。
 このローランドR-09は大変コンパクトなのに24bit48kHzの高品位で録音できる優れたアイテムだ。
 今回のようにマルチ録音を必要としない場合、重宝する。
 しかし別売の三脚はもろい。
 負担のかかる脚の接合部がプラスチックなのはどうかと思う。
 これで約5千円。
 そう言えばこの3~4月にロサンゼルスで買ったスーツケースもトロント-ハバナ便でチャックを壊された。
 スーツケースは大体1旅行しかもたない。


 さて、収録は非常にスムーズだった。

写真:DVD収録風景
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写真:3人の奏者と一緒に
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 が、嫌なニュースを聞いた。
 来週月曜まで歌舞音曲が禁止になったという。
 重要人物の喪に服すときは歌舞音曲の禁止、日本だけではなかったか。

 だから今日はムセオも休みだという。
 いや、困った。
 音楽の都、サンチアゴにいながら何も聴くことが出来ないとは・・・。
 カラバリのDVD収録もダメかもしれない。
 楽しみにしていた6月24日、サンファンの祝日に走るコンガのパレードも喪に服すため今年はなくなってしまったとの事。
 昨日まではあるよって話だったのに、残念だ。


 宿に帰ってデータの整理をする。
 帰りはコーチェ(馬車)に乗って帰ろうかと思ったらどれも満員で乗れない。
 仕方なくまたビシタクシーのお世話になるが、セスペデス公園まで入れないくせに2CUCは高いな。
 キューバ人なら1人10ペソだ。


 無駄だとは思ったが、帰ってすぐにトローバがどうなっているか見に行く。
 残念だが、店の扉にはやはり月曜まで閉店との張り紙がしてあった。
 道でムセオのダンサーにも会ったし(つまり彼女はオフ)、やはり月曜までどこにも音楽はないようだ。

 何のためにキューバに来たのか。
 その殆どは音楽を体験するために、である。
 なのに今日、木曜日から来週月曜日まで、つまりサンチアゴに留まっているあいだじゅう音楽がないなんて。
 殆ど意味がない・・・。
 しばし脱力。

 運命とは時に気まぐれで計算が立たない。
 思った通りには物事は運ばない。
 目的地までの辻々で回り道するものである。

 さて来年、再来年のキューバはどんな顔をして私たちを迎え入れてくれるものか。
 それは誰にもわからない。
 世界は一瞥普遍に感じられるが、しかし、ちょっとした出来事によって激変する。

 ここは潔くあきらめてリゾートするか。

 待て待て、とりあえず明日には大切な仕事がある。


 夕方カラバリのフォコへと出掛ける。
 今年はカラバリ、一度も見ることが出来ないかな・・・。

写真:カラバリのフォコへと向かう道
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 果たして・・・

 どうやら週明けの月曜日には音を出しても良いらしい。
 「Hasta Lunes(月曜まで)」に月曜は含まれないのか、ふーん。
 月曜日・・・サンチアゴに到着したその日に、カマグエイへと移動するバスの切符を買ったが、始め月曜の朝便を予約しようとしたのを考え直して夜便にしたのが、偶然に正解となった。
 月曜の出発は22:00だから、時間は充分にある。
 月曜朝9時に約束する。
 このDVDによって、彼らがもっと世に知られる事となったらよい。
 キューバ最古のフォコ、カラバリ・イスアマ。

 ジャイリンにマンゴーやパイナップルをご馳走になる。
 それから少しして、夜、ピザをちょい高めのレフレスコとご馳走になる。
 結構美味しい。
 フルサイズ、10ペソだって。

 今回おみやげとしてLEDライト(発光ダイオードのハンディライト)を持っていったのだが、結構重宝するらしく需要が多い。
 これで商売しようかな。
 ちなみにこちらではリンテルニータと呼ばれています。
 仕入れは日本で0.7CUCくらいだけど、換えの電池が8個も付いているから、もしかしたら10CUCくらいで売れるんじゃないか。
 いや、チーチョに聞いてみたら電池だけでも1個1CUCくらいはするし、12CUCでも売れるだろうと言っていた。
 100個売りさばけば、単純に1200CUCくらいの利益が上がる。
 約16万5千円・・・悪くないじゃん。
 もっとも最近はこれくらい持っていてもすぐなくなってしまいますが。
 円はここのところのキューバでは使いでがない。
 私の場合、観光が目的で来る人とは使い方が違うけれど。
 寄付が多いんだ。
 個人で支えられる人数には限りがあるけれど、近しい人の何人かに。

 しかし彼らには、色々なところへ連れて行ってもらえたり、演奏を聴かせてくれたり、ご馳走になる事もしばしばだから、寄付と言ってもあながち一方的なものではない。
 だからちょっとお金の使い方が違うだけ。

 ジャイリンの誕生日が23日(土)で、なんとカミオン(トラック)をチャーターして近所の人を50人ほど引き連れて海に行き、お祝いをするそうだ。
 それに招待を受けた。
 もちろん行きます。
 期せずしてリゾート行きが転がり込んできた。
 目的地はPlaya Caleton Blanco。
 この8月に結婚する弟のチーチョのフィアンセはもう一つ先のBoca de Los Riosがいいって言っているけれど。
 シエラマエストラ山脈が海岸に落ちるところ、市街地から西へ湾の向こうを海岸づたいに40kmほど行った辺りか。
 楽しみだが、朝6時半までに来いと言う。
 果たして起きられるだろうか。

 そういやチーチョのフィアンセは18歳、大学入学前だって。
 ちょっと早くないか。
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DrumStudio LA FIESTA

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Junio 22, 2007

サン・ペドリート(San Pedrito)にて 22 junio 2007

 快晴。

 朝9時。
 バイーア沿いの大通りを走る馬車に乗ってサン・ペドリートのフォコへと向かう事にする。
 馬車の事を当地では「Coche(コーチェ)」と言う。
 語学の本で「コーチェ」は「自動車」だけど、馬車が自動車並の頻度で使われているキューバでは当然コーチェは馬車なのだろう。
 そういやコチェロといえば馬車の運転手だ。
 馬車を指してカバーヨ(馬)と言っても、思った意味ではイマイチ通用しなかった。
 今一度、辞書で調べてみると自動車も馬車もコーチェだそうだ。 

 しかし、通り過ぎる馬車はどれも満席で乗ることが出来ない。
 しかたなく人力車(ビシタクシー)を拾う。
 今回のチョフェは正直者だった。
 サン・ペドリートのフォコまで5ペソでよいと言う。
 気分が良かったからチップにリンテルニータ(LEDハンディライト)をプレゼントした。
 パッと顔がほころんで、帰りにも拾ってくれるという。
 大変ありがたかったのですが、時間がわからないのでお断りさせて頂きました。


 9:25にサン・ペドリートのフォコに到着。

 既にメンバーは揃っていた。
 ファン・オスカール・デ・ラ・テヘラにファン・バウステ・グランダ、それにアンリス・カブレラ・オリスの3人。
 それにアンリスの弟。

 ファンとアンリスは国立カーニバル博物館のミュージシャンであり、ファン・バウステはキューバ国立民族舞踊団(コンフント・フォルクロリコ・デ・オリエンテ)のミュージシャンだ。フランスへも演奏しに行っている。
 ファンはルンベロス・デ・オイのメンバーでもあるし、またアンリスはココジェのメンバーでもある。
写真:JuanOscarTejera
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写真:JuanBausteGranda
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写真:AnlisCabreraOris
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 今日は昨日なかったボンゴ、マラカス、それにカウベルを混ぜての収録。

 リズムはボレロ、ソン、チャングィ、それにルンバのヤンブー、ワワンコー、コルンビア。
 コルンビアはマタンサス、ハバナ、サンチアゴの各スタイルを演奏してもらう事になった。
 エレメンタリーなものを目指していたのだけれど、はからずも本格的なものになりそうだ。


 ちょっとしたリハーサルの後に収録。
 とてもスムーズに済んだ。

 収録後、サンペドリートの打楽器倉庫にある楽器を拝見させて頂いた。

写真:コンガの雄、サンペドリートのフォコで見つけた打楽器たち
Pilon
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Fondo
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Campana
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 お礼をしてサン・ペドリートのフォコをあとにする。
 帰る途中、ファンの家に寄った。
 彼の息子、オスカールを見るために。
 既に8歳となっていた。
 相変わらず大人しいが、打楽器奏者を目指しているらしい。
 少し脱線するけれど6歳になった我が息子、クリスチャンは医者になりたいと言っていた。

写真:ファンと息子オスカル
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 そういえばムセオでのショーが、週明けの月曜日にはあるらしい。
 ファンでさえもよくわかっていなかったから、スペイン語は難しいんだな。


 宿に戻ると11時。
 まだ、1日たっぷりと時間があるので、キューバの守護聖人を祭るコブレの教会へと今日こそ行ってみる事にする。

 バスやカミオンの出るCalle4までは宿のある街の中心、セスペデス公園付近から歩いて30分ほどだ。

 行く道すがら、宿の上にあるベラスケスのバルコニーに寄ってみた。
 ディエゴ・ベラスケスによってスペイン人のキューバへの入植が開始された。
 街の建設は1515年。
 バラコアの建設に遅れる事3年。
 キューバの首都として1523~56年の間繁栄し、そういうわけで最も古い時代に建設された都市のうちの一つである。
 近所にあるベラスケスの家は1522年に建てられたそうだから、こちらもほど同年代の建設だろう。
 バルコニーから眺める湾とシエラマエストラ山脈のはしっこの眺めが素晴らしい。
 もはや見慣れた風景だ。
 こちら見学だけなら無料、写真撮影は有料だ。
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 さて、バスターミナルに着いて切符売り場で尋ねるとコブレ行きは13時の発車だという。
 しかし、12:20頃コブレ行きに乗らないかと声がかかり、先日切符売り場で聞いたように12:30ちょうどにコブレ行きのカミオン(トラック)は出発した。

 トラックの荷台に乗っているものだから、結構揺れをキツく感じる。
 コブレ教会までは市内から20km、5ペソ。


 13:05、コブレに到着。
 景色が懐かしい。
 以前ここに来たのは確か2002年、5年も前の事だろうか。
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 キューバ人のこころのふるさと、コブレ教会。
 5年前に来た時には、ハバナに住む知人に頼まれてコブレの砂を持っていったり、人形を買っていったりした。
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御本尊「ビルヘン・デ・ラ・カリダ」
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 帰り道、偶然バスが通りかかったので、サンチアゴ行きかどうか運転手に確かめてからそれに乗り込む。
 1時間待ちを覚悟していたので、これはラッキーだ。
 まったく待つ事なくバスに乗る。
 なんてリッチなんだ。
 13:45発、14:20着。


 歩く帰り道、スーパーに寄ったら、以前会ったことのあるルンバのミュージシャンから声がかかった。
 確かバルバロって名前の。
 少し疲れていたので挨拶も程々にスーパーをあとにする。


 15:05宿に到着。

 ブカネロを一本飲み干して、今度はカラバリへと向かう。
 ジャイリンは明日の事で外に出ていたが、学校から戻ってきたチーチョがいた。
 毎日8時から16時まで仕事だそうだ。

 チーチョが「今回はいつ麦酒飲みパーティーをやるんだい?」と度々訊ねてくるので、ビールを買ってきてもらう。
 キューバ人が買うと1本12.5ペソでアトゥエイが飲める。
 以前ペソ払いでも結構麦酒を買っていたけれど、最近はダメなのかな、外国人。
 3年前は10ペソだったから値上がりした。

 色々話をしたけれど、ナイレのバンド、X-Alfonsoはやはり結構有名らしい。
 特にビデオクリップ祭?の時には必ず登場するそうだ。

 そう言えば、ついいつもキューバ人の発音を説明する時にキューバ=ハバナって感じで説明してしまうけれど、サンチアゴ人の喋るスペイン語では末尾の「S」が落ちない。
 その点サンチアゴ人の方がハバナ人よりもインターナショナルだ。
 ハバナ人、特にバリバリ下町みたいなハバナ人は
「2」を「ド」と発音する。
 より一般的なのは「ドス」だ。
 カタカナで「ドス」と書いても"dosu"ではなく、"dos"ですけどね。


 しばらくしてジャイリンが家に戻ってきた。
 鶏肉とパスタの盛り合わせ?をご馳走になる。
 いつも申し訳ない。

 明日出掛ける海岸がもう少し市街に近いブエイカボンに変更になった事を告げられる。
 50人集めるはずが30人しか集まらなかったので、少ない人数で遠くへ行くのをタクシーの運転手が嫌がったらしい。
 しかも6時ぴったりに出発するから、5:45までにここに来い、と。
 いやー、朝は不得意です。
 5:25には宿を出るつもりでないと危ないな。
 それは通常なら寝る時間だ。
 ま、頑張ります。

 帰り際にチーチョのフィアンセがやって来た。
 彼女は高校を卒業したばかりで、今は何もないそうだ。
 なかなか朗らかで可愛らしい子だ。


 いよいよリゾートが始まる。


 ・・・暗転。

 今、ジャイリンがわざわざモト(バイクタクシー)に乗って宿まで知らせに来てくれた。
 カミオン(トラック)が壊れたから、明日の海行きは中止になったって。
 キューバでは日本以上に一寸先は闇である。

 しかし中止のはずだったコンパルサは日曜日にはしるという。
 こちらは嬉しいニュースだ。

 さて、海行きが中止になった代わりに、チーチョとチャックと3年前に行った海に行こうか、と誘われて迷ったけれど、それを辞退する。
 あの海は濁っていて、とても泳げたものではなかったからだ。
 シボネイは?と聞いたら、シボネイ行きのカミオンに外国人は乗れないという。
 3年前にはカミオンでシボネイに行ったのだけど。

 3年前のシボネイ。
 泳いでいるうちに、砂浜に置いてあった荷物を全て持っていかれたシボネイ海岸。
 もっていかれるのを覚悟で持ってきた荷物だから、全く大したものは入っていなかったのだけれど、わずかな有り金全てとTシャツを持っていかれてしまったのはそれなりに痛かった。
 無一文では街に帰れないし、上半身裸で街を歩くのも日本人にはふさわしくない格好だ。
 あの時には、浜でフルーツを売っている兄ちゃんが帰るための1ペソを恵んでくれて、それから近所に住む見知らぬおじさんがTシャツを見ず知らずの私に貸してくれた。
 益々キューバが好きになった瞬間。


 さてジャイリン。
 明日、彼女は子供のコンパルサのための服を繕うから、どちらにしても海には行けないという。

 そんな事だけを私に告げて慌ただしく彼女は帰って行った。
 ありがとう、ジャイリン。

 さて、明日は何をしようか。

DrumStudio LA FIESTA

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